ご主人様は何処?
更新は、まばらです。
まあ、なんと説明したらいいか。
私にも、よく分からない事が多いのであまり上手く言えませんが、私、犬になったみたいです。うん、犬になりました……。
うえぇぇぇぇええええ!?!?
ど、どういうことなの?!落ち着こうとしたけど、無理でしょ!?まあさっきまで、大学休学中のニートで、バイトもロクにせずに引きこもって、ゲームしたり、家事したり、ゲームしたり、時々一人カラオケしたりして遊び惚けてたけどね、人間だったよ私!うん、こんな肉球が付いたグーしか出せない手じゃなくて、パーとチョキが出せる手をしてたよ?!てか、此処何処なの?あれ、さっきまでは自室に居たよね……。うん、居たよな。寝た覚えも無いけど、目が覚めたらどっかの路地裏にワープって、どういう事なの?!ダメだ、さっぱり分からん。てか、犬なのかこの手は?!デカくね?脚とか長いし太いし、私、本当に犬か?狼とか??いやでも、狼って、こんなに毛は短くいよなぁ。やっぱり犬なのかなぁ。まあ、んな事どうでも良いのか……。はぁ、現実逃避は止めよう。これ、夢なのかぁ。夢にしては、このよく聞こえる耳からの雑音とか、裏路地特有の臭い匂いを数倍酷くした様なこの鼻の痛みはどうしたもんかなあ。
うーん、泣いても良いですか……?
少し位良いよね、いきなり犬になったとかありえん体験して疲れたよパトラッシュ。はあ、本当にどうしたんだろう。私、ニート生活はこんな罰が下る程駄目なことだったのかなぁ。ろくに勉強もせずに、バイトもしない、電気代だけ食いまくる私は、犬に変えられちゃうくらい駄目だったのかなぁ。罪悪感から、一応洗濯と夕飯作りだけはしたのに。うぅ、もうやだぁ……。寒いなあ、犬の癖になんでフサフサした毛皮が無いんだろうこの体。短い毛しか無いから、寒い……寒い??あれ、今って夏真っ盛りの8月だったよね?え、嘘、待って、待ってよ!寒いのは、雨でも降って気温が下がったからとかでしょ?!嘘でしょ?!季節まで違うとか……。
初めて、アスファルトを4本の脚でゆっくりと立ち上がる。慣れない感覚なんて物は無い。この犬の体は、何処に力入れれば良いのか知っているかの様に動く。
立ち上がって、最初に感じたのは思ったより目線が低くなる事はないなぁ…だった。私の体、というよりは私が乗り移った犬の体は大型犬だったのか身長が高い。脚もスラッと長くて、まあ、カッコ良いよね。うん、ごめん自画自賛して。
立ち上がって、一応周りを見たが私の持ち物は何も無い。……うう。
犬でも涙腺は有るのか、視界がさっきから滲んでいる。でも、耳と鼻は情報を拾いっぱなしだ。裏路地を出れば、多分すぐ大通りなんか車の走る音が伝わって来る。歩道を歩く人や自転車の走る音がする。辺りは暗いが、まだ人が歩き回っている事から、まだ日が落ちてから時間はそう経ってないみたいかな?うーん、困った。人が居るのはなんか安心するけど、今の私首輪もして無いし、大きいからなぁ…。びっくりするだろうな、人前に出てったら。保健所とかに通報とかされたら、たまったもんじゃないよね。はあ。
さっきから、ため息ばっかり。てか、犬でもため息つけるんだ、へえ。どーでもいっか。
これから、どうしたら良いのかなぁ。家まで行っても分かるわけないよな、面影もないし。犬になった私を、家族が気づくわけ無いよな。私だって、気付かんし。
うーん、泣けるわー。はあ、涙止まらん。
泣いても意味無いし、保健所に入れられ無い様に逃げながら飼い主になってくれそうな人でも探すしかないよなぁ。安定したご飯を食べる為にも……。頑張ろーっと。
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なんて、思っていた時期もありましたよ。まあ、甘い考えでしたよね、そんなのは……。壁に耳あり障子に目あり、と言いますか直ぐに数日で保健所行きだったなぁ私。まあ、近くの住民が通報したんだろうなぁ。まあ、ゴミ漁っちゃったから仕方ないけどね。でも、お腹減ったんだよぉ、グスン。
まあ、今は腹八分目くらいに食わせて貰ってるけど、ヤバよなぁ。飼い主見つからないと……。やばいなぁ、死にたくねー!!でも、保健所の人ですら驚いてた位、私の体はデカかったらしい。うん、よそーがいでぇす。顔つきは、不細工では無いけどシュっとしててなんか厳ついまでにはいかないけど、凛々しい?顔してたなぁ。
え、何で知ってるかって??まあ、飼い主を探す為に写真を撮って貰ったからねぇ。そんときに見せて貰ったのさ。うん、カッコ良く撮れてたよ。少し、怖かったけどね……。それからは、まあ檻の中でぬくぬくしてるけど。うん、頭の片隅にふと疑問に思ったでしょ?コイツ、どうやってトイレしてんのかって。うん、それは他の犬と一緒に決まってんだろぉがぁああ!!くっそ、恥ずかしいよ!!だけど、檻から出られないし、仕方ないじゃん!!催したら、もう出すしかないじゃん!!生理現象なんだからさぁ!!!
はあ、疲れた。もうヤダなぁ、はあ。……後一日で、明日で私殺処分なんだって。そりゃあ、飼い主が見つかるまでずっと此処で待てるなんて思ってないよ。だけど、早過ぎだよ、待ってよ。後一週間延ばしても良いじゃん。ヤダよぉ、死にたく無いよ。
そんなこと考えてたらいつの間、日が登って明日になっちゃったよ。何で時間は止まってくんないんだよ。てか、何で犬になっちゃったの私。猫にでもなればもっとバレずに生活出来たのかなぁ。ヤダな。
朝ごはんを憂鬱な気持ちで食べ終わった私の耳に、いつもとは違う声が聞こえた。
こ、この声は!!まさか!!
バッとはやる気持ちを抑えて、出入り口となる扉に目をやれば数秒後に職員と二人の子供を連れた夫婦が入って来た。
き、キターーーーーーー!!!!
時々、こうやって犬を引き取って行く人がいるのだ。特に、この時職員がお勧めするのは、殺処分が間近の犬なのだ!!って事ですねぇ、お勧めされるのはこの私!!!
お手だって、おすわりだって、チンチンだって、取ってこーいだって出来ます!やります!!やらせて下さい!!!だから、私を選んでくれぇぇぇえええ!!!!
「お母さん、この犬を怖ぃっ、うぇぇええん!」
え、ちょっ、マジで?!?
え、え、待って、泣き止んでよ、お願い、ねえ、大丈夫だよ、噛まないから、ねえ、だから、私を選んでよ!
「わふっ、わぁおぉんんっ、、グルルッ、ワンっワンっ!!!」
お願いだからさぁ、選んでよぉ!!!
「そうね、大きくてよく吠えるなんて、うちではこの犬は無理そうね。ね、あなた。」
「そうだなぁ、最初は吠えずにおすわりしてるから頭良さそうに見えたがなぁ。うーん、すいません、この犬は止めておきます。」
え、嘘っ、だって、そんなの嘘でしょ?止めないでよ、待ってお願い待って、やだやだ!
行かないで!!職員さん、止めてよ!私、偉い子だったでしょ?!噛まずに吠えずに、言う事聞いて、偉い子だったって伝えてよ!!
なんで、他の犬を勧めてるのぉ!?!
結局、あの家族は小型犬のチワワを引き取って行った。あいつ、中々性格悪かったぞ。なんか、良く隣の奴に悪戯してたし。私の方が断然マシなのに。あーあ、見た目に騙されてやんのあの家族。ふーんだ、いい気味。
あーあ、引き取りに来る人なんて、一日にそう何人も居ないし。今日は、もう、来ないんだろうなぁ……。はあ、なんで吠えちゃったんだろう。馬鹿だなぁ、私。吠えずに良い子でおすわりして待っていれば飼って貰えたかもしれないのに。
お昼ご飯が喉を通らなくて、私は檻の隅で丸くなった。職員さんが、ご飯を片付けて行った。わかったみたいだ、私がもうご飯を食べる事は無いと。刻一刻と迫る時間、でも時計なんてこの部屋には無い。いつ殺処分の時間が来るのかも分からなくて私は体の震えが止まらない。嫌だ、死にたく無い。
コツコツと二人の足音が聞こえた。前に殺処分に連れて行かれる時に見た、二人の職員さんの足音だと思う…。あー、どうして、私、勝手に犬にされて、人間に殺されなくちゃいけないんだろう……。なんで、なんでなんだよぉ。こんちくしょう、死にたくないよぉ。
扉が開く音が聞こえた。
靴音が、死へのカウントダウンに思える。
コツコツ、カツカツ……カツ?あれ、職員さんって、革靴履いてたっけ?
嘘、まさか、だって、今日はもう来る筈無いよ。だって、もうさっき家族が来て、違う犬を選んだじゃない。私の耳が現実逃避してんのかなぁ。はーあ。
「この子が、今居る中で一番の古株ですよ。」
「て、事は、この犬は近い内に処分されるんですか。」
「……そう言う事になります、ね。」
知らない人の声がする。知らない臭いもする。首をクルリと、声のする方に向ければスーツ姿の男性が此方を見つめていた。銀縁の細いフレームに手をやって、私をよく見ようとしているのか目を細めている。私は、バッと立ち上がって男性に近づいた。もう、最後のチャンスなんだ、この人が最後。形振り構って居られない!近づけるだけ近づこうと、すると私の大きさに驚いた男性は一歩下がった。
そうだ、私の体は威圧感があるんだった!はっとして、立ち止まり私は男性と見つめ合った。直ぐに、おすわりを思い出して腰を下ろし、下から見つめる。情が湧く様に。出来るだけ、従順そうに見える様に。唸れ、私の演技力!!!
「この子は、少し吠えるのですが……」
おい、職員!お前、私が吠えたのはさっきの家族の時だけだろ!!なんで、まるで何時でも吠えてる、みたいな言い方するんだよ!?
やめてよ、やだ!!引き取って!!
そう、吠えそうになるのを抑えて私はグッと口を閉じた。そしたら、牙が見えたのか職員さんはひぃっと怯えた。ヤバイ、なんで今、牙出しちゃうの私の馬鹿!!!待って、待って、お願いだから行かないで!
男性は、私の檻を通り過ぎて隣の檻に移ってしまった。嘘でしょ、なんでよ…。もう、無理なの、私は、死ぬの?
呆然とする私の耳は、優秀で拾わなくても良い職員さんと男性の話を拾ってしまう。そっか、一人暮らしで、マンションなんだ、そうだよね、そりゃあ、吠える犬は無理だよね。……私、吠えないよ。噛まないよ。良い子にするよ。だから、引き取ってよ、ねぇ。
「……やっぱり、僕はあの子にしますね。」
「え、大型犬ですけど、大丈夫ですか?犬を飼うのは初めてだと伺ったんですが。」
「はい、そうですが…あの子、なんだか気になるので。……うん、あの子を引き取ります。」
大型犬引き取るんだ、あの人。私の他に5匹居たよなぁ…大型犬。はあ、どの子選んだんだろう。此処に居る大型犬の子達は少し気性が荒いと思ったけど、誰を選んだんだろう。マンション住みのくせして、大型犬とか……犬が吠えて追い出されて路頭に迷えば良いんだ。ガチャガチャなんか、音がするなぁ。傷心中なんだからさぁ、そこんとこ考えてよもう。うるさいなぁ……え?
影が私の前に伸びてきた。これは、なんだ?
だって、私、選ばれなくて……。
なんで、あの人が目の前に居るんだろう。
分からない、分からないけど頭を撫でる手が温かい。気持ちいいなぁ。
「宜しくな。」
「……わふぅ?」
よろしくな、……宜しくな?え、どういう事?!わ、私選ばれた、の?嘘、え、本当に?やた、やった、私を選んでくれたんだあの人。私、まだ生きられるんだ。まだ生きてて良いんだ!ああ、あぁ…ありがとうございます……。私、精一杯尽くします、頑張ります!
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あれから、引き取り手続きを終えて太陽の下に居る私とあの人。うん、あの人じゃないよね。私の命の恩人であるご主人の名前は、さっき聞いた。名前は永江さん、永江冬也さんなんだって。ちゃんと、日の下で永江さんの顔を見ると中々のイケメンでした!フィルターが掛かっている分も多分あると思うけど、でもイケメンの部類に入る顔付きでした。切れ長の目とか、細い顎とか、小さい口とか、色っぽい口元の黒子とか!!身長も中々高いみたいで、私の大きさがピッタリなのは運命かと思ったよ。さっきまで路頭に迷っちゃえ、とか色々言ってごめんなさい!これからは、尽くしてゆきます!!
眼鏡をクイッて上げながら、永江さんは私を見るから私もおすわりして大人しく永江さんの隣で見上げる。おうふ、陰影が出来てまたまたカッコ良いお顔になりますたね…。
「……吠えないな。それに、大人しい。」
当たり前です!もう、吠えない事を今此処に誓います!必要時以外は吠えません、私!!余りに吠えるなら、職員さんに口枷をホームセンターで買う事を勧められていた永江さんは要らないかなぁと呟いていた。あの職員、本当に私に怨みでもあったのか?私なんかやったか?覚えがないなぁ。まあ、いっか。首輪についたリードを引かれて、私は行くぞと言う永江さんの声と共に歩き出した。