序章
なぜ、俺は勇者としてこの世に生まれたのか。
なぜ、俺が勇者でなければならなかったのか。
勇者であると教えられて、ただひたすらに鍛錬を繰り返した時も。
出立の時が来たと言われ、未知の世界へと足を踏み出していった時も。
強敵と出会い、命を賭して戦いながら、半ば無意識のうちに力を磨き続けた時も。
旅の果て、魔王の居城にたどり着き、荘厳な内部を遮二無二突き進んだ時も。
片時たりとも忘れられず、だからこそ考えないようにして、ひたすら胸の中に封じてきたその問いかけ。
結局、その答えは得られないまま、俺はそいつの前に膝をついていた。
剣が持てない。能力が使えない。息をするのがせいいっぱいで、そいつの顔を見ることさえできない。
負けてしまった。完全無欠な敗北だった。誰に言われるまでもなく、自分自身でそのことを理解していた。
闘いに負けるということは、すなわちその命を失うということ。この目で何度も見、この手で何度も体現してきた、それはこの世界における真理だった。
生まれてきた意味すらわからないまま、俺はこの命を奴に奪われる。
感情が湧かない。実感すら感じられない。ただひたすらな空虚さの中、ここで死ぬことだけを確信した、真っ白な俺の心の中に――
「――あなたを、解放してあげましょうか?」
魔王の声が、水面の波紋のようにゆっくりと入り込んできた。