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1番目のサクラ  作者: 針戸 いと
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硝煙シガレット 前編


今から千年より前の話。

妖怪や悪霊と呼ばれるモノの類が人々を恐怖に落とし、その障気で土は痩せ草木は枯れ、洪水や干ばつなど天災の発起があとをたたなかった。

ついに人類も終わりかという時、涸れた土を潤し草木を再び芽吹かせ、氾濫した濁流を鎮めた者たちがいた。

計13名のその者たちは、大陸中に広がる妖怪や悪霊を次々封印し鎮め、場合によっては退治していった。

彼らはまるで魔術師や錬金術師の如く不思議な能力を持っていた。

彼らが自分の手の如く使いこなす武器は、どれも美しく銀の光を放つ刀。

その刀が、彼らの不思議な能力が形を持ったかのように見えたことから、人々はその能力を総称して『カタナ』と、能力(カタナ)を持つ能力者のことを『カタン』と呼んだ―――…



***



錆臭い、(かび)臭い、煙草臭い。

特にひどいのが煙草だ。

副流煙を吸うのは体によくない。肺が真っ黒になるのはごめんだ。


鼻をつまんで口で息をしたいところだが、残念なことに今それは出来ない。

なぜなら、私の両手が私の背中にいるからだ。

分かりやすく言うと、椅子に縛り付けられている。

私の目の前には二十数人のオッサ……いや、オニイサン達がずらり。

こんなところにこんなに集まるなんて、仲良いなぁ。

きっと仲間外れとは無縁の団体さんなんだな、うん。


ここはあまり大きいとは言えない国の、小さな町のはずれにある、小さくもたくさん並ぶ倉庫の中の一つ。

私の周りには車のタイヤや砂袋なんかが並んでいる。

まあ要するにだ。

今の私の状況を分かりやすくお伝えするとだな、ファミリーに捕まっている。


大陸中に平和主義が浸透していっているこのご時世にファミリーやマフィアだなんて、片腹痛くなるほど古いとは思うが。

しかし何を隠そう本物だ、遊びでやってるわけじゃない。もれなく全員拳銃を所持してるだろう。

下手をすれば、殺される。下手をすれば。


さてどうしようかと今更考え始めていると、金髪のオッサ……いやオニイサンがバケツ片手に近づいて来た。

そしておもむろにそれを頭くらいの高さまで持ち上げて―――



バシャアッ!!



「………(-_-#)」

殴るように私にバケツの中身をぶちまけた。

ポタポタと、私の髪の毛一本一本から水が滴っていく。


水が入ってたのか…。

……冷てぇ。

せめていい感じに温かいお湯ならいいのに。

普通の水道水とか寒すぎる。


「さて、何か言うことのひとつでも思い出せたかな?お嬢ちゃん」

カラになったバケツを雑に投げ捨て、煙草をくわえるそいつは私を見下しながら言った。

「……あー…」

濡れた頭をゆっくりと持ち上げながら、少しだけ開けた口をほとんど動かさずに私は言った。

「カレーに醤油かける派?」


次の瞬間、風船が割れたような音と共に、右頬に激痛が走った。

目の前のこの金髪ド畜生が、殴るか叩くかしたからだろう。

……口ん中切れたじゃねえかコンニャロウ。


金髪野郎は私の襟元を掴んで、食ってかかるような勢いで叫んだ。

「だ・か・らー、一体どこのクソのおつかいだって聞いてんだよこのクソガキが!!」

私は同じように目つきを悪くして、喧嘩を売るように言う。

「だ・か・らー、私ゃどっかのクソなんぞにおつかわれる程落ちぶれてねえっつってんだろうがこの腐ったバナナが!!」


「もう諦めたらー?おジョーちゃん」

私と金髪野郎が犬どうしの威嚇のように睨み合っていると、ヤロー共が(たむろ)している方から、軽そうな感じの声が聞こえた。

睨み合いを中止して声のした方を見ると、黒い短髪に掘りの深い顔、口髭の生えた口には煙草をくわえ、筋力のありそうな身体。

ついでに酒が好きそう。

「いかにも」な感じのオッサ……オニイサンだ。

こいつだけ椅子に座ってるところから察するに、ボスか、そうじゃなくても幹部の人間だろう。

「…諦める?私諦められるもん持ってたかなあ」

「はははっ、やだなぁおジョーちゃん」

私がわざとらしくしらを切るように言うと、その男は楽しそうに、でも嘘臭く笑った。

「おジョーちゃんを拘束してもう4・5時間経つけど…誰も助けに来ないじゃないか」

「そうだね」

「どう見たって裏切られたってことだろう?」

「……へぇ、裏切られた?」

私は口を笑わせたまま、男のセリフを繰り返した。

私の言葉に、男は三日月のようなその口の端をさらに吊り上げた。


「そ。だからさあ、どうせ死んじゃうんだし、それだったら俺達にお仲間の場所正直に教えて、代わりに復讐してもらった方がよくない?」

「死ぬ?」

男の言葉に、私はつい素っ頓狂な声を出した。


死ぬ?

私が?

……馬鹿にしてるのか?


私は思わず腹の底から笑い出しそうになるのを必死に堪え、なんとか小さく吹き出す程度に抑えた。

…つもりだったが、どうやらうまくはいかなかったようで、肩を上下に痙攣させながらなかなか分かりやすく笑った。

私の突然のことに戸惑ったのか、その男を含めその場にいたほとんどの人間が目を丸めて私を見た。

きっと頭がおかしくなったのだと思っているのだろう。

だがしかし私の理性は正常で、記憶もちゃんとしてて、とりあえず水をかけられて胸倉掴みあげられて教えたくもないようなことを訊かれているという現実は理解出来る。

頭はいたっておかしくない。


私は純粋に、今の言葉を馬鹿にしているだけだ。

むしろ頭がおかしいのは、私から見ればこいつらの方だ。

自分たちの状況を理解出来ていないのは、こいつらの方だ。


「助けが来ないって、本気で思うか?」

ひとしきり笑った後、私はさっきの黒髪の男を見据えて、口の端を上げながら言った。

すると男は不可解そうに顔を引きつりながら口を開いた。

「…実際来てないように見えるけど?」

「それはどうかな」


私がそう言い終えた丁度その時、倉庫の扉の向こうから声が聞こえたかと思うと、間髪入れずに扉が破壊の音と共に蹴破られた。

吹っ飛ばされた扉の上には、おそらく見張りだろう、ガタイのいい男が鼻血を流しながら気絶していた。


あー、顔面蹴られたんだ可哀想に。


さっきまで扉がはめ込まれていた四角い穴には、扉と男を蹴り飛ばした張本人と思われる人物が立っていた。

壱桜(いっさ)様、ご無事ですか!?」

見覚えのある栗色をした長髪のそいつは、銃を片手に焦りと心配を含んだ声で私の名を呼んだ。


…こういうところで本名を呼ぶなと言ったハズなんだが。


しかし、何はともあれチャーンス。


周りの男達がなんだお前はなどと各々叫んでいる中、その片隅で私はにぃっと歯を出して細く笑った。

「ナイスタイミング言葉(ことのは)

言うが早いか、私は両の手に絡みついている縄を苦もせずほどいた。

バラッと音を立てて縄が床に落ちる。

と同時に、私は椅子の背もたれに手をついて、そのまま床を蹴り自分の体を宙へと浮かせた。

まだ乾いてない水滴が髪や服から空気中へと滴る。

椅子の後ろに靴と床があたる音と共に着地して、未だ手を置いたままの背もたれを掴みあげた。

そして先程の腹の立つ金髪野郎のように大きく振りかぶり、目の前の腐れバナナめがけて。


バギャアッ!!


「がッ…」

あまり新しいとは言えない木製の椅子が、金髪野郎の顔にしっかりヒットし、木の折れる音と男の痛そうな刹那の声が重なった。


私は、痛々しく顔を覆いながら呻き倒れ込むそいつをさっきされたように見下ろした。

「水のお返し、倍額で返してやるよコンニャロウ」

そりゃもう、自分でも腹が立つ程の嫌な顔で。


「バカな、いつほどいた!?」

私が自由になっているのを見て、周りの男の一人がギョッとしながら叫んだ。


「ほどく?やだなぁ、」

私は嘲笑うように口を開いた。

「私は最初っから今まで、一瞬もお前らに捕まっちゃいねえよ」

縄で縛られる時にちょっと細工をする、簡単な縄抜けのひとつだ。


栗色長髪の言葉が、いつの間にやら私のすぐ横に来ていた。

どうやら私が椅子で鬱憤晴らしをしている間に、何人かのしたらしい。

そしてさっきと同じセリフを繰り返す。

「ご無事ですか壱桜様?」


…心配してくれるのはありがたいが、いささか余計な世話だ。


「……それより、“探し物”は見つかったか?」

その会話に付き合うのがダルくて、私は話題を逸らそうと仕事の話にすり替えた。


「はい、只今神楽殿と暗殺者が向かっています」

言葉のそのセリフに「そうか」と多少素っ気なく返してから、ふとあることを思い出して、また別の話に替える。


「…お前、ナイフ持ってるか?」

そうだった。

さっき捕まった時に取られたんだ。

体が自由になったとはいえ、相手全員が銃を所持してる中で丸腰は不安が残りすぎる。


「勿論です、どうぞ」

そう言って言葉は、着ている長いマントの下からナイフを五本差し出してきた。

その中から、いいと思えるものを二本選んで引き抜くように受け取る。

言葉がキョトンとした顔で私を見た。

おそらく、二本だけなのか?と不思議がってるのだ。


「二本で充分だ」

ニッコリと笑いかけながら言った。


自分のじゃないナイフは、あまり使いやすいとは言えない。

私にとっての必要最低限本数で充分だ。


「何和んでやがる、ナメてんのか!?」

よほど緊張感を持ってないように見えるのか、男達の群れから怒声が飛んできた。


…ああ、少々忘れていたな。


見ると、私にハメられたことがよっぽどプライドを傷つけたらしい。

全員が各々の銃を片手に、殺気をだだ漏れにしてこちらを睨んでいる。


おーおー、おっかない。


私はまた口の端を吊り上げる。

「さすがこの町を牛耳るファミリー、往生際の悪さは筋金入りか」

いいね、楽しそう。時間がかかりそうってところは、充分にマイナスポイントだが。


プライベートならとっとと帰ってるところなわけだが、残念ながらこれは仕事だ。

……うん、早く終わらせよう。


私はチャキ、と金属らしい音を立てながら、ナイフを自分の顔の前で構えた。

「…ほんじゃ、さっくり気合い入れていきますか」

「お供いたします、壱桜様」



***



「まったく、何考えてんの!?」

うるさい声が私の耳を右から左へ移動していく。


あーー…うるさい。


全然状況が理解不能だという人のために端的にでよければ説明しよう。


只今絶賛説教ターイム。

なにが絶賛だよふざけんなコノヤロー。


結局あの後、私達はオッサン共を一人残らずちゃんと生かして捕まえた。

そして今さっきほんの2~3時間前に我らがホーム「十字(とみあざな)能力(カタナ)研究開発科学任務組織」、通称「組織」または「施設」に帰って来たところだ。

口答報告を済ませ、正式な報告書は仮眠してからにしようと思っていた矢先、一応予想はしていたわけだが予想通りの人物に捕まった。


「っていうかいつあんな任務受けたわけ?」

目の前にいる人物は、また小煩く口を開く。

「僕の記憶が正しければ壱桜はまだ16歳だったと思うけど?」


黒くてもじゃっとした天パの髪に、紺色の瞳、いつもの組織員用の背広らしくない背広を着て、頭には黒いソフトフエルト風帽子。

童顔のその顔には細長い黒縁眼鏡をかけている。

この人物、夏草は私の一応の義兄であり書類上での上司だ。


「ちょっと、壱桜聞いてる!?」

「あーハイハイうるさいうるさい」

「なんなのもー、反抗期!?」

「ちげーよバカ、人の仮眠時間奪ってるからだよバカ」

「バカって二回言った…」

「大事なことは二回言うもんだよ」

常識常識、とまるで当然のように私が言うと、夏草は呆れたのか諦めたのか、大きめのため息をついた。

「…夏草、ため息すると幸せが逃げるらしいよ」

「それが誰の所為かはまた今度討論しようか。とりあえず、いつ任務依頼来たのか教えて」

「んーと…5日前?」

「5日!?早ッ!!」


……うん、まあ、この反応は仕方がない。


普通、今回のような依頼は最低でも二週間前には依頼内容と資料がくる。

それが5日前にきたということは、要するに、軽い嫌がらせだ。

そしてついでに言うと、私の16という年齢で今回のような仕事をすることは原則禁止である。


「まーいいじゃん、ちっさいとはいえファミリー一個潰したわけだし」

「町一個分の犯罪者束ねられるようなファミリーは、ちっさいとは言いまセン」

「じゃ中小ファミリー」

「企業じゃないんだから…」

「てかもういい?質問には答えたし、私寝たいんだけど」

「あー…うんどうぞ」

もはや私からは何も聞けないと思ったのか、夏草はまたため息をついて言った。


「ドーモ」

私は一言だけあっさりと返事して、椅子から立ち上がると、スタスタとここ室長室の扉へと向かった。

「あれ壱桜自分の部屋で寝ないの?」

夏草が不思議そうに声をかけてきた。

室長室と私の部屋と夏草の部屋は扉一枚で繋がっている。

だから本当は仮眠もこのまま自分の部屋で出来るのだ。

…出来るのだが。

「お前がいると落ち着いて寝れん」


書類が近くにあると仕事をしそうになってしまう。

……仕事病だな。


熱心すぎる自分の仕事精神に呆れながら、私は室長室の扉を閉めた。



***



「おっ壱桜!」

室長室を後にして通路を歩いていると、いつも人でごった返している書類提出室から出てきた人物に、声をかけられた。

「ああ神楽ちゃん、任務お疲れ様」


灰色に近い白で、前髪が短くて後ろ髪が尻尾のように一束だけ長い髪型、灰色の目。

楽しそうにこちらへ近寄ってくる彼、鐙 神楽(あぶみ かぐら)は夏草の簡単に言えば幼なじみだ。

夏草自身は悪友と豪語して譲らないが。

私としては、結構気の合う人達の中の1人だ。


「お疲れー、聞いたよ、俺らが救出作業してる間に2人だけで24人もマフィア捕まえたって?」

「……誰に聞いたのそんなこと…」

「報告書ってもしかしてもうまとめちゃった?」

神楽ちゃんのその言葉に、つい私の頭の上にはハテナマークが浮かんだ。

「? まだだけど…なんで?」

「あ、よかった。やー、壱桜も会っといた方がいいと思って」

神楽ちゃんはへらっと笑いながら言った。

「会う…、……誰に?」

「まあまあ、とりあえず行こっか」

「は!?ちょっ…」

言うが早いか、神楽ちゃんは私の腕を掴むと、ぐいぐい引っ張りながら半ば無理矢理に歩き出したのだった。



***



「…ねえ神楽ちゃんここってさあ……」

神楽ちゃんにぐいぐい腕を引っ張られながら連れてこられた場所。

私達の目の前にある扉の横には、「104OLE号室」と書かれた小さな表札。

この部屋はほぼ多目的室だ。

応接室になったり相談室になったり、たまに病室になったりもする。

取調室になることだってある。


今はきっと休憩室と応接室と、そして取調室を兼用してる状態なんだろうなぁ…。

うわ入りたくねえぇぇ…。


「神楽ちゃん私仮眠しに行「さ、お待ちかねだよー行こうか!」

私が逃げようとするのをすかさず遮って、神楽ちゃんは問答無用で扉を開けた。


……しっかりしてらっしゃるよホントまあ…。


嫌々ながらも部屋の中に入ると、横の壁には扉が一つと大きな一枚窓。

窓から中を覗くと、机と椅子とソファの置かれたその部屋には男が1人いた。

耳にかかる位の長さの少しオレンジがかった赤毛に、薄いエメラルド色の瞳。

どちらかと言えば整ったその顔の体は痩せ型と言えると思う。

不安そうな顔でボーっとしながら、その男はソファに座っていた。


窓は仕掛けガラスだ。こちらからは向こう側が見えるが、向こうからこちら側は見えない。

むこうから見ると窓ではなく鏡になっているのだ。

「……あの人?」

「うん。さっき助けた人」

窓を覗きながらした質問の答えに、ついつい体の動きが止まった。

「………マジで?」

「マジで。」

どうやらほんの3時間前まで倉庫でファミリーに捕まっていた人間の1人らしい。


…どうりであの不安そうな顔。


「なんでアレに会わなきゃなんないの?」

「被害者の話聞いた方が報告書書きやすいっしょ?」

にこやかに笑った後、神楽ちゃんは一度間を置いて少々神妙な面持ちになった。

「それに…今回はまだ何かあると思うんだ」

そう言った神楽ちゃんの顔を見てから、私はもう一度窓の向こうの男を見た。


何かある、なんて。

神楽ちゃんがそんなことを言うのは、かなり珍しいと言える。

…よっぽど気になるところがあるのだろう。


「……分かった」

必要な用紙と筆記用具を持って、私は男のいる部屋へと足を踏み入れた。


部屋に入ると男はすぐ私に気付き、ソファから立ち上がって軽く会釈した。

それに合わせて、私も同じように会釈する。

「十字能力(カタナ)研究開発科学任務組織任務員の相田と申します。お話を伺いたいのですが、よろしいですか?」

「あ…は、はい」

少し浅めに笑いながら私が言うと、その人はオドオドしながらも頷いて、ソファではなく机とセットになっている方の椅子に座った。

私も向かい合わせになるようにして座る。

「えーと…とりあえずお名前は」

「あ、えっと宇治 英(うじ はなぶさ)と言います」

「お年は」

「今年で22です」

「思ったよりお若いですね」

「…ふけ顔と言いたいんですか?」

「やだなぁほめ言葉ですよ、大人っぽいと言ってるんです」

危うく失言になりかけた言葉を、私は冷静にフォローした。

すると今度は宇治さんが、少しムスッとしながら疑わしそうな目で質問してきた。

「…そういうあなたはいくつなんです?随分若く見えますが」

「そうですね、一応今年で16歳です」


私がそう言った瞬間、宇治さんの動きが止まった。

信じられないものを見るような目で、私のことを凝視している。


まあ、仕方ない反応と言えば、仕方ない反応だ。

まさか自分より6つも年下の少女に、取り調べ紛いなことをされるとは思ってもないだろうし、人によっては屈辱だ。


しかし、話をやめるつもりなんかさらさらない。

「質問を続けます、あなたは何故あの倉庫にいたのです?」

「…僕は16歳の子供に取り調べを受けているのですか」

途端、宇治さんの足が貧乏ゆすりを始めた。

「あなたが答えるべきは私の質問です」

「16ということはまだ高校生でしょう?こんなことをしていていいんですか?」

「宇治さん、質問に…」

私が言い終える前に、宇治さんは音を立てて椅子から立ち上がった。

「これは遊びじゃないんですよ!?」

「私だって遊びでやってる訳じゃない!」


私の冷めた怒声に、部屋の室温が下がった気がした。

宇治さんの動きが止まる。

「…質問の答えは」

宇治さんの顔を見ながら改めて言うと、多少は怒りと混乱が収まったのか、宇治さんは我に返ったようにまた不安そうな顔になって静かに席に着いた。

「…すみません」

「いえ、お気になさらず」

慣れてますから、と付け足して言うと、宇治さんはまた小さく「すみません」と言った。

「…僕は、あの倉庫街の倉庫の一つを5年契約で借りていて、今日も倉庫内の整理と管理をしに行ったんです」

「整理というと、中には何が?」

「周りの倉庫と殆ど同じです。セメントと、砂と、あとは小麦粉とか肥料とか…あっ工具もあります」

「では、何故ファミリーに捕まったのか分かりますか?」

その質問をした瞬間、宇治さんの顔が曇った。

「さあ…むしろ僕が聞きたいくらいです」

言いながら、宇治さんは僅かに背を丸め、ゆっくりと自分を抱きしめるように腕を組んだ。

「いつものように工具箱を整理して片付けていたら、いきなり奴らが入ってきて…情けないのですが、僕は別段喧嘩が強いわけではないし、相手は銃を持っていた。僕は、怯えることしか出来ませんでした…」

俯いてそう話す宇治さんに、私は飄々と質問を投げかける。


同情なんて、してられない。

「自分が狙われたとは思いませんでしたか?」

すぐさま宇治さんは顔を上げた。

「そんなバカな、奴らは幼い能力者(カタン)を狙っているのでしょう?人身売買の為に」

宇治さんは焦ったように続ける。

「僕が入れられた部屋にも何人もまだ小さい子供達がいたし、僕が捕まったのは偶々そこにいたからで、目撃とかされていたら面倒だからでしょう?」

「まあ、そうかどうかは正直分かりませんが…宇治さん」

「はい?」

「随分あのファミリーについて詳しいんですね」

ぴた、と。

宇治さんの顔はまるで色をなくしたように静かになり、微動だにしなくなった。


「……あのファミリーは、あの辺じゃ、結構有名だったので…」

宇治さんはまた俯きながら、ボソボソと小さな声で独り言のように言った。

私はメモに使っている紙をぺらりとめくって、その下にある紙に目を通した。

「……。そうですねそのようです」

私がそう言うと、宇治さんはそっと息を吐いてゆっくりと顔を上げた。

ガタ、と音を立てて椅子から立ち上がりながら、私は得意の作り笑顔で言う。

「お聞きしたいことは以上です。ご協力、ありがとうございました」

言いながら、もう一度宇治さんを見る。

「ああそうそう、もしかしたらまた何かご協力をあおぐかもしれません。その時はよろしくお願いします」

「あ、はい」

ドアノブに手をかけながら宇治さんを振り返って言うと、宇治さんは座ったまま会釈した。

では、と短く挨拶して、私はその部屋を出た。

宇治さんの腕は、宇治さんを包み込むように組まれたままだった。



ぱたん、という音と共に宇治さんのいる部屋を出る。

それから目の前の緊張感の無さに明らかな失望と苛立ちと呆れを感じた。

「……コーヒー、美味しそうだねぇ神楽ちゃん?」

「おお壱桜!おつかれ、壱桜もいる?コーヒー」

「第一声間違ってると思う私」


人が寝る間も惜しんで取り調べしてるってのに、ソファの端にどっかり座ってテレビ見ながらコーヒーすすってるってどういうことだろうコイツ。


私はため息しながら、ソファの神楽ちゃんが座っているのとは反対の端に座った。

持っている薄い紙の束を少々投げるようにしてテーブルに置く。


「どうだった?あの人」

「……神楽ちゃん」

「うん?」

「あの人助けた時、他に子供いたってホント?」

「ああ、いたよ、確か8人」

キョトンとしながらも、神楽ちゃんは私の質問に答えた。


多分、私が何故こんなことを聞くのか分からないのだろう。


「その子供達って皆服キレイだった?」

「んにゃ、多分抵抗したんだろうねえ。結構痛めつけられた痕あったよ」

「……。その子達まだ施設内にいる?」

「ああ、うん、孤児がほとんどだったから今んとこ全員預かってる」

「会える状態の子っている?」

「何人かは落ち着いたって、さっき医長から連絡あった」

「じゃその何人か、かして」

「へ、かし……かして?」

あまりに私の言葉が意外だったのか、神楽ちゃんの顔が「はあ?」という表情で止まる。

「ちょっと、確かめたいことがあるんだ」

神楽ちゃんが軽い混乱を隠せない中、私はニッコリ笑ってそう答えるのだった。



***



それから私達は「104OLE号室」を出て、別の多目的室へと向かった。

中に入ると、神楽ちゃんの言った通り8人の子供が部屋の隅で怯えるように固まっていた。

その中の3人は立ち上がっていて、平気そうな顔とは言えないが、威嚇するような目でこちらを見ている。

全員服は色も生地も薄く、砂や錆のような色の汚れがついていた。


ワオ、見事に女の子ばっか。

……悪趣味な。


「…服変えてないの?」

私が少女達を見ながら訊ねると、神楽ちゃんは困ったような顔をした。

「んー、触ろうとすると泣き出したり暴れ出したりするし、今この子達のサイズのもの探してるけど出てこなくって」


組織に帰ってから約3時間半。

その間ずっと探しているのだとしたら、おそらくこの子達に合う大きさの服はないのかもしれない。


「だったらせめて毛布とかさ…」

「一応持っては来たけど、使ってないみたいだねえ」

そう言って神楽ちゃんが指さした所には、組織の紋章が入った薄茶色の毛布があった。

部屋の隅っこにまとめて置かれており、子供達はできうる限り距離をとっている。


……毛布すらも怖いか。


まあ、気持ちが分からないわけじゃない。

私だって、怖かった。



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