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転生して気がついたら断罪中でした ~おっぱいは正義~

掲載日:2026/09/04

おっぱいが大好きな王子様のはなし。

「レナーテ・フォン・ヴェルクハイム! 貴様の罪状は、既に明らかである!」

声が、天井まで届いた。



いいぞ。今の、よかった。



三ヶ月かけたんだ、この日のために。証言を集めて、証拠を揃えて、台詞は鏡の前で三十七回練習した。三十八回目で兄上に見られた。あれは死ぬかと思った。なんとかごまかしたけど。

隣では男爵令嬢リリィが俺の袖を掴んで小鳥みたいに震えてるし、壁際には衛兵がずらっと並んでるし、貴族連中はざわついてるし、シャンデリアはまぶしいし。



完璧だ。

完璧な断罪の舞台じゃないか。


正面に立ってるのが、公爵令嬢レナーテ・フォン・ヴェルクハイム。

俺の婚約者。銀の髪に、凍った湖みたいな青い目。

婚約者に衆人環視で罪を並べられてるってのに、表情ひとつ動かさない。逃げない。俯かない。


 

……くそ。



こんなときでも綺麗なんだよな、この人は。

七年見てるのに、いまだに正面から向き合うと息が詰まる。今日で終わらせるつもりで来たのに、まだ見ていたいと思ってる自分がいる。

そして。

 

……胸が、でかい。本当にでかい。巨乳。




 



いや待て。

 

待て待て待て、今そこじゃないだろ俺。

国家の正義を執行してる最中だぞ。王太子だぞ。

袖には守るべき令嬢がぶら下がってるんだぞ。四百人が見てるんだぞ。

 

だが視線が動かない。

ドレスの、その、構造上の限界に挑戦してるあたりから離れてくれない。

彼女が一歩踏み出すたび、ほんの少し遅れて、ぷるるん、と。



ぷるるん。

 

――ドッ、と。

頭の奥で、何かが弾けた。



________________________________________


視界が白く飛ぶ。



そして、流れ込んできた。

きれいに片づいたワンルーム。ベッドにはクッションが並んでて、テーブルには誰かにもらった花。

そしてスマホの画面に並んだ、何人ぶんもの男の名前。

『優里ちゃん、今日空いてる?』 『優里、この前言ってたやつ買っといたよ』 『ゆうりちゃん、電話していい? 声聞きたい』

 



――あ。

私だ。

篠原優里、二十四歳。

身長百五十二センチ。体重四十一キロ。上目遣いの最適角度、十五度。語尾を〇・三秒だけ伸ばすと、大抵の男は落ちる。「えー、そうなんだぁ」で八割片付く。残り二割は、袖を掴んで黙る。

 

そして貧乳。

 

Aカップ。盛って、A。

ブラの内側にはいつも二枚重ねのパッド。

あれは装備品だった。防具じゃない。武器だ。


それでもモテた。モテにモテた。

ただし体だけは誰にも許さなかった。そこだけは絶対に渡さなかった。おかげでみんな必死になった。届かないものが一番高く売れるんだよ。


付き合ってたわけじゃない。誰とも。

ただ、いい感じにやり取りしてる男が常にそれなりにいただけ。ごはん行って、荷物持ってもらって、たまに何か買ってもらって、「今度ね」って言い続けるだけの関係。


そんな私にも、本命ができた。

出会った瞬間わかった。この人だ、と思った。

あの人もそう言ってた。同じことを、真剣な顔で言ってた。

言葉は嘘つけても、目は無理でしょ。そう思ってた。

本当に好きで好きでしょうがないって目で言うんだもん。信じるじゃん、そんなの。

男にも女にもモテる人だった。並んで歩くと、みんな振り返る。

本気で愛したのはお前だけだって言ってた。

今までのは全部違ったって。お前が初めてなんだって。

 

だから男友達は全部切った。既読つけずに終わらせた。

残ったのは家族と、大好きな巨乳の親友と、彼氏だけ。

玲奈、今どうしてるかな。

高校からの腐れ縁で、私が唯一なんの計算もしないで喋れる相手だった。

巨乳で、美人で、大好きだった。

……ってか、どんだけ胸好きなんだよ私。

Fカップ。しかも本人はそれをまったく武器にしない。

もったいないって百回言った。百回とも笑われた。

最後に会ったのはいつだったっけ。

彼氏ができてから、なんとなく減った。減らしたのは私だ。


彼のマンションの合鍵ももらってた。歯ブラシも置いてた。あの人の好きなものばっかり作れるようになってた。

将来の話もしてた。子どもは二人がいいとか、その頃には郊外に住みたいねとか、そういう話。結婚って言葉は、あの人のほうから出した。

すっぴんも見せた。パッドも外した。

男の前では、絶対に外さなかったのに。

そしたら、そのままでかわいいよって言ってくれた。

深く恋に落ちた。



……と、思ってた。

 

その本命の、浮気相手に、刺された。

彼のマンションの階段の下で。「あんたのせいで、あの人がわたしのものにならない」って言われながら。

 

バチが当たったのかな。

男の心を散々もてあそんで、期待させるだけさせて、何も返さないで生きてきたから。



 

……いや、それにしたって刺すか?

いやおかしいでしょ。

浮気したのは彼氏で、私は本命で、あんたが後から来たんでしょ。なんで私が刺されるの。順番おかしくない?

最後に見たのは、生ぬるいアスファルトと、血だまりに映った街灯の光。


________________________________________


で。

今。

俺は。



「え……なんで俺、王子なの?」

声に出てた。

大広間が、しん、とした。

 

まずい。



いや落ち着け。落ち着け俺。



俺はユーリ・レーヴェンハルト。この国の第二王子。十九歳。

第二王子なのに王太子をやってるのは、兄上のせいだ。隣国の女王に惚れて、あっちの王配になるって言って、継承権をあっさり捨てた。恋で国を一個乗り換えた男だぞ。

……血筋か? これ血筋なのか?

剣術は近衛団長に十七連敗。歴史学は下から二番目。去年の建国祭で祝辞の原稿を落として二分間黙りこくった男。

……いや待て。悪いところばっかり数えるな。

顔はいい。かなりいい。夜会のたびに令嬢が壁際に列を作る。剣だって副団長には十戦十勝だ。近衛団長がおかしいだけであって、俺は強い。歴史学は下から二番目だが、下から二番目ってことは一人には勝ってる。

だいたい歴史学が壊滅的なだけで、総合成績はずっと二位だ。一位はいつもレナーテで、七年間ただの一度も勝てなかったけど、それでも万年二位だぞ。

そこそこやれてる男なんだよ、俺は。


その記憶もある。ちゃんとある。十九年ぶん、全部。

篠原優里の記憶もある。二十四年ぶん、全部。

両方ある。


両方あるって何なんだよ。

頭の中に二人分の人生が入ってて、しかも両方とも自分だって実感がある。

俺は今、断罪の途中で、二十四歳のあざとい女の記憶を全部思い出した十九歳の王子だ。



待って。情報量が多すぎる。

 

「殿下……?」

袖が引かれた。

リリィだ。

見下ろす。

栗色の柔らかい髪。潤んだ瞳。震える睫毛。

俺の袖をきゅっと掴む細い指。そして上目遣い。

角度、十五度。


「……あ」

「殿下? どうか……なさいましたか……?」

語尾、〇・三秒。

「……あー」

 

いや。

いやいやいや。

まじまじと見る。小さい。細い。守ってやりたくなる系。

声量は控えめ。触れるか触れないかの距離で、手じゃなくて袖を掴んでくる。

手だと重いからだ。袖なら「思わず」で通せるからだ。

知ってる。

そして。

平ら。

いや平らってのは失礼だな。

慎ましい。だがこの慎ましさには覚えがある。パッド二枚ぶんの覚えがある。

顔まで似てる。前世の私が金髪碧眼でガチャ引き直したらこうなるって顔だ。

二十四年つきあった顔だぞ。見間違えるわけがない。

 

……こいつ、俺だ。

いや俺じゃないけど、俺だ。

 

「……うわ」

「え?」

「いや。なんでも」

なんでもなくはない。


無理だわ。

生理的に無理って言葉、前世で軽率に使いすぎてたと思う。でも今わかった。本物はこういうときに来るんだ。鏡だ。しかも、自分がいちばん嫌いだった頃の自分を、他人の顔で、至近距離で見せられてる。

袖から、そっと指を外させた。

「殿下?」

「……少し、離れていろ」

 

顔を上げる。

正面。レナーテ。

まだそこに立ってる。背筋を伸ばして、顎を引いて。婚約者に公衆の面前で罪を並べ立てられて、一言の弁解もせず、まっすぐ俺を見てる。


その目を見て、思い出した。

十二歳の春。婚約の顔合わせ。庭園の東屋で、俺は必死に用意してきた話をした。剣術の話と、飼ってる犬の話と、なぜか歴史の年号の話をした。

彼女は最後まで黙って聞いて、それから「そうですか」と言った。

それだけ。

十三歳。十四歳。十五歳。何を言っても「そうですか」だった。俺が転んでも、熱を出しても、剣術大会で三回戦まで勝ち上がっても、「そうですか」。

一度も笑ってくれなかった。一度もこっちを見てくれなかった。



だから俺は。

だから俺は、袖を掴んでくれる子のところに行ったんだ。上目遣いで見上げてくれて、「殿下はすごいです」って言ってくれて、話を聞いて笑ってくれる、簡単なほうに。



 

……あー。

そうか。


好きだったんだ、俺。

ずっと好きで、ずっと見てもらえなくて、それが辛くて、逃げたんだ。

んで、逃げた先で拾ってきた証拠で、好きな人を断罪してる。


最悪じゃん。

前世の私を刺した女と、やってること同じじゃん。



……いや同じではないな。あっちは刺した。こっちは刺してない。

でも同じくらい最低だわ。自分が見てもらえないからって、好きな人の人生ぶっ壊しにきてんだから。

 

「……断罪は、中止する」

言った瞬間、大広間がざわついた。

いや。

いや違うな。

中止じゃない。

 

「――いや。訂正する」

俺は息を吸った。


「貴様の罪状を、改めよう」

大広間が静まる。

「レナーテ・フォン・ヴェルクハイム。貴様の罪は――窃盗だ」

 

「……窃盗?」

初めて、彼女の眉が動いた。

「わたくしが、何を盗んだと」

四百人が、俺の返事を待ってる。

そして俺の口が、勝手に開きかけてる。


言うな。

言うなよ俺。ここで言ったら戻れないぞ。三ヶ月かけた断罪が、家名が、王家の面目が、全部おしまいだぞ。

 

やめろ。喉が動いてる。

やめろって。

「俺の心だ」



えー。


言った。言っちゃった。え、まじで言っちゃったの? え、なに、今何言ったの俺?



はっず。



いや恥ずかしいで済むか。ルパンの最後のやつかよ。

あれな、盗んだ本人がいなくなったあとに、残された側がぽつりと言うから決まるんだよ。

しみじみするから決まるんだよ。

本人に向かって、面と向かって、四百人の前で言うもんじゃないんだよ。しかも十九のガキが。証拠書類抱えたまま。


「七年前から、ずっと。返せとは言わん。返されても困る」

やめろ。もうやめろ。誰か俺を止めてくれ。

 

「よって――責任を取って、俺と結婚しろ」

 

大広間が、どよめいた。


________________________________________


おい。

おいおいおいおい。

待て、今なんて言った。今の俺、なんて言った?

落ち着け俺。これは前世の記憶が戻ったせいじゃない。

嘘つけ!

 

「――念のため言っておくが」

 

言うな。

 

「これは純粋に、王太子としての判断である」

 

判断? 何が判断だ。判断してたらこうなってないだろうが。

 

「よって断罪は継続する。貴様は罪人だ。罪人は罰を受けねばならん。罰は――俺との結婚だ」



なんでそうなるんだよ。

いや自分で言ったんだけど。自分で言っといてなんだけど。理屈が一周回って自分の首絞めにきてるんだけど。どこで間違えた? 最初から?



そこで、横から声がした。

「殿下、いけません!」



リリィだ。忘れてた。ずっとそばにいたのに忘れてた。

見下ろすと、涙が一粒、ちょうどいい速度で頬を伝っていくところだった。

 

……ちょうどいい速度で?

いや待て。今、俺、何を採点した?

「その方は、わたくしを階段から突き落とした方ですのよ……?」

うわ出た。

語尾の震え、〇・三秒。視線は俺の胸元、そこから十五度上げて、下から。袖じゃなくて今度は襟を掴んできた。距離を詰めるときの上位版だ。


知ってる。

全部知ってる。

だって俺が使ってた。


可愛いよ。可愛いんだよ実際。

この角度、この速度、この指の位置、はい、大正解。

俺が二十四年かけて積み上げた技術だぞ。効かないわけがない。

現に効いてる。今も効いてる。心臓のあたりが「守ってやらねば」って言ってる。

体が勝手に反応してる。


だから腹が立つんだよ!

自分の技で自分が落とされてどうすんだ。オレオレ詐欺の犯人が自分の電話で振り込むようなもんだろ。

「殿下……? どうか、なさいましたか……?」

上目遣い。角度、十五度。

一度伏せて、〇・八秒待って、また上げる。

その〇・八秒だよ。

そこなんだよ。

そこ、本当は〇・六なんだよ。〇・八は待ちすぎ。〇・八だと「作ってる」が透ける。

俺は最後の三年で〇・六に詰めた。〇・六が黄金比なんだよ!

 

いや何を採点してるんだ俺は。

なんで断罪の途中で後輩の指導みたいなことになってるんだ。

 

だがな。

だがな、リリィ。

いちばんダメなのはそこじゃない。

いちばんダメなのは――



 

盛ってないだろお前。



 

見ればわかる。俺には見ればわかる。詰めてない。パッドが、入ってない。

なんでだよ。

なんで入れないんだよ。せっかくそこまで完璧に作り込んで、なんで一番でかい伸びしろを放置してんだよ。

二枚だぞ。二枚重ねるだけで世界が変わるんだぞ。俺はそれで何人落としたと思ってんだ。


いやそんなことしてたから罰が当たって、最後は刺されて死んだんだけども。


「……あの、殿下?」

「……お前」

「はい」

「なぜ、詰めていない」

「え」

リリィの目から、涙が引っ込んだ。

引っ込むんだ。

え、これ引っ込むんだ。新技術じゃん。俺のときはこんなのなかったぞ。見習いたい。

 

……いや、じゃなくて。

「……は? 何を、ですか」

素が出た。今、完全に素が出た。

やめろ。今の顔をやるな。可愛くない。可愛くないぞ今の顔は。二十四年やってきた俺が言うんだから間違いない。

と思ったら。

戻った。

一瞬で戻った。

睫毛が伏せられて、肩が縮んで、瞳がまた潤んで、声の高さが半音上がる。所要時間、およそ一秒。

 

……うまい。

いやうまいよ。悔しいけどうまい。俺、それ三秒かかってたわ。

「……よくわかりませんけれど、殿下……? わたくし、何か……」

「いや」

 

待て。

待て待て待て俺。

 

今の、言っちゃダメなやつだろ。

十九歳の王子が、公衆の面前で、男爵令嬢に向かって「なぜ詰めていない」。

字面で見ろ。終わってる。何をどう説明しても終わってる。

父上に報告されたら廃嫡どころじゃ済まない。

いや、廃嫡はないかもしれない。ないかもしれないが、母上に伝わったら一生口をきいてもらえないかもしれない。

あの人も、いろいろ慎ましい人だから。

 

「……いや、なんでもない」

「え、でも今」

「なんでもない」

「詰めるって、何を」

「なんでもないと言っている」

「殿下、お顔が」

「なんでもない!」

 

大広間に響き渡った。

四百人の前で、王太子が「なんでもない!」と絶叫した。

なんでもなくないだろ。

 

「殿下……」

 

またあの声だ。半音上げてきた。

「わたくし、何かご不快なことを……?」

不快じゃない。技術的な話をしただけだ。

いや技術的な話ってなんだよ。何の技術だよ。

 

「していない」

「でも、殿下は今、わたくしのことを」

「していない」

「わたくしのどこかが、足りていないと」



足りてない。足りてないよ。二枚ぶん足りてない。



「していないと言っている」

「……ですが」

そこで、ほんの一瞬。

リリィの目が、すっと平たくなった。

出た。素だ。〇・二秒。周りは誰も気づいてない。俺だけが気づいてる。あれは「こいつ、思ってたのと違うな」って計算し直す顔だ。俺も何度もやった。だいたい相手のスマホを見たあとにやってた。

戻った。また戻った。今度は〇・五秒。

早くなってるんだよ。焦ると早くなるんだよ。それ雑になってる証拠だからな。

 

「わたくし、殿下のお役に立ちたくて……」

やめろ。その台詞は在庫が切れたときに出すやつだ。それ言い出したら手札ないの、俺が一番知ってるんだよ。

「リリィ」

「はい」

「もういい。少し黙っていろ」

「そんな……!」

「頼むから黙っててくれ」

素で言った。素で頼んだ。王太子が男爵令嬢に懇願した。

 

そのときだった。

 

「殿下」

 

背筋が凍った。

その声のことを、俺は七年間知っている。何を言われても「そうですか」しか返してこなかった、あの、平らな声だ。

レナーテが、扇で胸元を隠したまま、こちらを見ていた。

「先ほど、なんとおっしゃいましたの」

「……何の話だ」

「詰める、と」

 

聞いてた。

聞いてたわこの人。あれ、リリィにしか聞こえてない声量だったぞ。宰相も気づいてないぞ。なんで聞こえてんの。

すごくない?

いや、すごいんだよこの人。昔から。十四歳で三ヶ国語やって、社交界の名前と家紋を全部覚えてて、去年の穀物法の会議じゃ大臣三人まとめて論破してたからな。俺はその場にいたけど何の話かわからなかった。

優秀なんだよ。おっぱいがでかいだけじゃないんだよ。

 

優秀で、しかもでかい。

 

でかくて、ぷるぷるで、しかも三ヶ国語。

 

そういうところが好きなんだよ。

 

三ヶ国語がおまけみたいになってるな今。

いや逆だろ。逆。三ヶ国語が主で、そっちがおまけだろ。

 

……いま順番おかしくなかった?

「気のせいだ」

「気のせいではございませんわ。はっきりと」

「幻聴だ。緊張していると人はよく聞こえすぎることがある」

「では、その幻聴の内容を、もう一度おっしゃってくださいます?」

 

無理だ。

無理無理無理。この人、逃がす気がない。

 

……いや待て。

待てよ。

「詰める」だぞ。「詰める」って、別に胸だけの言葉じゃないだろ。

将棋も詰める。話も詰める。日程も詰める。距離も詰める。

 

いける。

いけるぞこれ。

「……詰めが甘い、と言ったのだ」

「詰め」

そう。名詞の「詰め」だ。動詞じゃない。ましてや胸の話でもない。

詰将棋の詰めであり、仕事の詰めであり、断罪の詰めだ。何も後ろ暗いところはない。

「そうだ。詰めだ。断罪のだ」

咳払いをして、姿勢を正す。王太子の顔を作る。

「考えてもみろ。俺は三ヶ月かけて証拠を集めた。だが今、その証拠を一つ一つ検討し直したところ、どうも詰めが甘い。詰め切れていない。詰めが、詰まっていない」

 

言葉数が多い。

嘘つくやつは言葉数が多い。前世の俺がそうだった。

今世の俺もそうだった。

 

「だから中止したのだ。断罪をな。詰めが甘い状態で人を裁くのは、王族として恥ずべきことだ」

「まあ」

レナーテが、扇の陰でわずかに首を傾げた。

「では、リリィ様に『なぜ詰めていない』とお尋ねになったのは」

「……それは」

「リリィ様が、詰めていない、と」

「……そうだ。彼女の証言もな。詰めが、甘い」

隣でリリィが「え?」と言った。

黙ってろ。今お前は詰めが甘いことになってる。それで丸く収まるんだから黙っててくれ。

「そうですの」

来た。「そうですか」の親戚だ。七年聞き続けた音だ。

助かった――

「ですが殿下。先ほどは『二枚』とおっしゃっていましたわね」

 

え、えー、言ってない。

言ってないよ? 言ってないよな、え、口に出してた?

心の中では言った。心の中では確実に言った。二枚重ねると世界が変わるって言った。

でも口には出してない。出してないはずだ。

「……二枚とは」

「証拠の書類が二枚足りない、という意味では?」

助け舟だった。

助け舟なのか?

この人、今、俺を助けたのか? それとも遊んでるのか?

扇の上から覗く青い目は、いつもの平らな目だった。何を考えてるのかまったく読めない。七年読めなかったものが、今日読めるわけがない。

「……そうだ。二枚だ」

「では、その二枚が揃えば、断罪は再開されますの?」

「されん」

即答した。

「なぜ」

「揃わんからだ」

「なぜ」

「揃えたくないからだ」



言い切った。

言い切ってから、しまったと思った。

今のは、完全に「最初から罪なんかなかった」って認めたのと同じだ。三ヶ月かけた断罪を、王太子が自分の口で、四百人の前で、根こそぎ否定した。

宰相が何か言おうとして、やめた。



「殿下」

「なんだ」

「わたくし、少し混乱しておりますの」

嘘つけ。

この人が混乱してるところ、七年で一度も見たことない。俺が階段から落ちたときも「大丈夫ですか」の前に「医者を」って言った人だぞ。



「先ほどから、話がずいぶん飛びますわ。窃盗、結婚、詰め、二枚」



並べるな。

並べられると、俺が完全におかしい人みたいじゃないか。

いやおかしいんだけども。



「順を追って伺ってもよろしくて?」

「……よい」

言うしかなかった。

「まず。殿下は、わたくしが何かを盗んだと」

「言った」

「何を」



来た。

さっき一回言った。一回言ったんだから二回目は楽なはずだろ。楽なはずなんだよ。

なんで喉が渇いてるんだ。

 

「……心だ」

「もう一度」

「聞こえてただろ!」

「聞こえませんでしたわ」

聞こえてる。この人、リリィにしか届いてない声量の「詰める」を拾った人だぞ。目の前で聞こえないわけがあるか。

わかっててやってる。

わかっててやってるなこの人。

……そういうところなんだよな。

もうやめて。許して。俺のHPとっくにゼロだから。

「窃盗」で半分削られて、「詰める」で削り切られてるから。今もう死体を殴ってるだけだからそれ。

 

なんかもう、やけくそになってきた。

「俺の心を盗んだと言った。七年前からだ。文句あるか」

 

視界の端で、近衛団長が信じられないという顔をしてこっちを見てる。


見るな。

そんな顔で見るな。あんたに十七連敗してる男の話だぞ。今さら幻滅する要素なんか残ってないだろ。

「ございませんわ」

「ないのかよ」

「ええ」

扇が下がった。

……ん?

いや今の。今の見えた。口の端、絶対上がってたぞ。

見間違いか? 見間違いであってくれ。あれ本物だったら俺、今日ここで死ぬぞ。

「殿下」

「なんだ」

「わたくし、七年前から、ずっと待っておりましたのよ」

は?

「……何を」

「殿下が、わたくしの目を見て、何かおっしゃるのを」

大広間が静まっていくのがわかった。

「わたくし、殿下がお話しになるたび、何とお返ししてよいかわからず。気の利いたことなど、何ひとつ申し上げられませんでしたわ」

 

え、まって。

待て待て待て。

「だから『そうですか』か」

「……ええ」

嘘だろ。

嘘だろおい。

七年だぞ。七年間「そうですか」で殺され続けたんだぞ俺は。あれ全部、照れてただけってことか?

え、まって、そんなことある?

 



あるんだよ、そういうことが。

 

あるんだよ実際に。俺が知ってる。前世の俺が、まさにそれだったからな。どうでもいい男には完璧に喋れるのに、本命の前だけ全部飛ぶんだよ。技術も、間の取り方も、何もかも。

そんで、言えないぶんを全部行動で埋めようとするんだよ。ごはん作ったり、合鍵もらって喜んだり。言葉のかわりに、そういうので。

……もしかして、あれもそうだったのかな。

行動だけじゃ足りなかったのかな。だからあの人浮気したのかな…



あー。

あーーー。

「……七年、無駄にしたな」

「ええ」

パチン、と扇が閉じた。



出た。おっぱいだ。すごいおおきい。ぷるぷる。すき。

見るなよ。見るな。見るなって俺。今のは絶対に見ちゃいけないやつだろ。七年の集大成が全部パーになるやつだろ。

 

見た。

 

〇・一秒で見た。前世で鍛えた反応速度が、こんなところで火を噴いた。



 

嘘つきました。ごめんなさい。凝視しました。がっつり。

 

「殿下」

「見てない」

「何をですの?」

 

しまった。

墓穴だ。掘った。自分で掘って自分で入った。

誰も何も言ってないのに「見てない」って言うやつ、それもう見たって言ってるのと同じだからな。前世じゃそれ、追い詰める側だったんだよ俺。「見てないって何が?」って。得意技だったんだよ。

 

姿勢を正す。

背筋を伸ばし、顎を引き、この国の王太子として、四百人の前で、はっきりと言った。

「レナーテ・フォン・ヴェルクハイム」

「はい」

「七年、待たせた。すまなかった」

「……殿下」

「償わせてくれ」

 

一歩、踏み出す。

 

いや待て。

待て待て待て、足が勝手に出てる。

なんで出てんの。俺、出せって言ってないんだけど。誰が出した。俺か。俺だな。

「あの、殿下?」

止まれ。

止まれって。おい足。おいこら。

止まらん!

真剣な顔のまま、彼女の前まで歩いていって、両肩に手を置いて――

 



おっぱいに顔を、埋めた。

「殿下!?」

 



おいおいおいおいおい。

 

嘘だろ。嘘だろ嘘だろ。何やってんの俺。何やってんのこれ。四百人いるんだぞ。四百人の前だぞ。父上の使者いるんだぞ。広間の端のほうから、悲鳴みたいな声が聞こえた。

「殿下!?」

近衛団長だ。

あんたが叫ぶな。あんたが叫ぶと本気でまずいやつに聞こえるだろ。

いや、まずいわ。

 

「あの、殿下……なにを……」

 

「償っている」

言うな!

言うんじゃない! 何を堂々と!

「何をですの!?」

「わからん」

わからん!

ほんとにわからん! 自分でやっといてわからん!

 

あ。

……いや、ちょっと待って。

待って待って。

なにこれ。

なにこれ?

ちょっと待ってこれ、待って、なに、え、こんな?

 

あー。

やわら。

やわらか……あー。

もうダメだ。なんも考えられん。

なんも。

 

うそでしょ。二十四年こっち側だったのに知らなかった。知らされてなかった。誰も教えてくれなかったんだけど。世の中の男が全員バカになるやつ、これ?

これバカになるわ。

なってる。今なってる。自覚ある。自覚あるのにやめられない。

最高。

いや最高って言うな。心の中でも言うな。

やめろ俺。やめろ。せめて顔だけ上げろ。上げろって。

上がらん!

 

「で、殿下、みなさまが」

「見せてやればいい」

だから言うな!

「よくありませんわ!」

肩を押された。びくともしない。いや俺が離れてないだけ。

離れろ俺。離れろって。

「殿下、離れて」

 

「――結婚してくれ」

 

やわらか。

 

「え」

 

やわらかいな。

 

「殿下?」

 

なにこれ。ずっとこれなの。一生これなの。

 

「……返事は」

やばい。何も入ってこない。頭の中が全部これで埋まってる。国が滅んでも気づかんぞ俺。



 

「よろこんで」

 

大広間が、この日二度目にひっくり返った。

拍手が起きてる。

 

なんで拍手なんだよ。今の見てたか? お前ら今の見てたか? 王太子が公爵令嬢の胸に顔を埋めて婚約破棄を撤回したんだぞ。拍手する場面か? 通報する場面だろ。

どこかでリリィが「はぁ!?」と言った。

そうだよな。お前が正しいわ。今日いちばんまともな反応だわ。

近衛団長はまだ何か叫んでる。

もういいって。落ち着けって。あんたが一番動揺してどうすんだ。

 

まあいい。

全部あとで考える。断罪の後始末も、父上への説明も、全部あとだ。

 

いや、まてまて。考えろって。考えたほうがいいって。三ヶ月かけた断罪を三十分足らずで自壊させた男だぞ。過去に例がないだろ。歴史学が下から二番目の俺が言うんだから間違いない。

 


はぁ、やわらか……知らん。

今はもう、これでいい。

 

わかったことがひとつだけある。


 

前世で二十四年、パッド二枚を詰めて生きた。何人もの男を転がして、本命に裏切られて、階段の下で刺されて死んだ。あの人生に意味なんかなかったと思ってた。

思ってたんだよ、ずっと。

でも、そのおかげで俺は今日、目が覚めた。

胸を見て、目が覚めた。

 

いや我ながらひどい覚醒理由だな。

 

墓に彫れないだろこれ。「胸を見て目覚めた男、ここに眠る」。孫に見せられないだろ。

だから、はっきり言っておく。




 

おっぱいは、正義だ。






シリーズ化する、、、かも?

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― 新着の感想 ―
たぶん、誰もが思ったことでしょう。 ル○ンかよ!
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