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第3話 裏切り神官の密約を暴こうとしたら推しに首を絞められましたが、むしろ燃えてきました

「おや、セイル。こんなところに客人がいたのかい?」


 闇から現れたのは、純白の神官服を纏った男――カシムだった。

 没落貴族のセイル様とは対照的な、平民出身の成り上がり神官。


 その端正な微笑みの裏にある、計算高いドロドロした野心。

 前世の事務職時代、利益のために部下を笑顔で切り捨ててきた上司たちを嫌というほど見てきた私には、その『使い捨てにする人間』を見る目がはっきりと分かってしまう。


(……間違いない。こいつが裏切ることは、間違いない)


 二次元の絵として見ていた時よりも、生身で対峙した今の方が、より鮮明に「悪意」が伝わってくる。

 その目に宿る冷酷な計算高さは、私が幾度となく読み返し、そのたびに憤ったあの原作の描写そのものだ。今この瞬間、私の目の前で、彼を破滅させるためのカウントダウンが確実に始まっている。


(……絶対、原作通りになんてさせない。アンタが勝手に組んだ『セイル様を売るための予定表』、事務職の意地にかけて白紙に戻してやる!)


「セイル、東の研究室で君に見せたい資料があるんだ。行こうか」


 カシムの差し出す手。

 セイル様がその手を取ろうとした瞬間、私は鉄格子を激しく掴んだ。


「ダメ!! セイル様、行かないで! カシム様、その懐に入っている封筒……昨夜、あなたが教会と交わした密約の証拠ですよね! セイル様、今すぐそれを確認してください!」


 私の絶叫に、セイル様の動きが止まった。

 その場に凍りついたような沈黙が流れる。カシムの顔から、一瞬だけ余裕の笑みが消えたのを私は見逃さなかった。


「……セイル。この女は何者だい? なぜ、私の名を知っている?」


 カシムが、困惑を装いながら低く、鋭い声でセイル様に問う。

 その瞳には、私に対する「正体不明の侵入者」への強烈な警戒と、抹殺の意志が宿っていた。


「……わからん。昨夜、この塔へ迷い込んでいた。気味の悪い、ただの狂女だ」


 セイル様は私を一瞥し、忌々しげに吐き捨てた。

 その突き放すような言葉に胸が痛む。けれど、カシムはさらに畳み掛けるように、悲しげな溜め息をついた。


「狂女、か。……だが、私の名を呼び、あまつさえ教会との密約などという出鱈目を口にする。……セイル、残念だが、彼女は何者かに君との仲を裂くよう命じられたスパイかもしれないね」


「……」


「君が望むなら、今すぐこの封筒を見せても構わない。私たちが積み上げてきた信頼が、こんな狂女の言葉で揺らぐほど脆くないことを証明しよう」


 カシムは自ら、勝ち誇ったように懐から封筒を取り出し、セイル様に手渡した。


(……勝った。あの封筒には、聖教会の紋章と、カシムに約束された爵位の条件が書かれているはず……!)


 セイルが、私への不信感を募らせながらも、その封筒を開く。

 ガサリ、と乾いた紙の音が響いた。


 ……けれど。


「……何も、書いていないじゃないか」


 セイルの声が、氷点下まで冷え切った。

 彼が突き出した手紙には、教会の紋章こそあれど、中身はただの白紙。偽装魔法か、あるいは巧妙な差し替えか。


「え……? 嘘、そんなはずは……」


「……証拠があると言ったな。狂女」


 鉄格子の隙間から伸びた手に、私の手首を掴まれた。

 強い力で引かれ、そのまま鉄格子に叩きつけられる。


「痛っ……」


 冷たい鉄が頬に食い込む。

 セイル様は鉄格子の隙間からもう片方の手を差し入れ、私の喉元をゆっくりと押さえた。

 逃がす気など、最初からないというように。


「が、はっ……!?」


「カシムは、私が唯一、対等に言葉を交わすことを許した男だ。それを……貴様は、その薄汚い嘘で汚した」


 セイル様の瞳は、怒りでどす黒く濁っている。

 自分を救ってくれた「光」への冒涜を、彼は絶対に許さない。


「死ね。貴様に、カシムの名を呼ぶ資格などない」


「セイル、もういいよ。行こう。そんな女に手を汚す必要はない」


 カシムが慈愛に満ちた声でセイル様を宥める。

 セイル様は、憎悪の籠もった目で私を一瞥すると、ゆっくりと喉から手を離した。私は酸素を求めて床に崩れ落ちる。


「……セイル、様。……行かない、で……」


「二度と、私の前にその顔を見せるな」


 セイル様は、私の声を切り捨てるように背を向けた。

 遠ざかっていく、二人の足音。カシムはセイル様に見えない角度で、私にだけ冷酷にニヤリと笑った。


 ガシャン!! と、地下へ通じる重い扉が閉まる。

 再び訪れたのは、心臓の鼓動さえうるさく感じるほどの、完全な静寂。


 私は熱を持ったままの喉を震える手で押さえ、冷たい床に膝をついた。

 ……信じてもらえなかった。殺されかけた。

 人生で一番愛した推しに、ゴミを見るような目で見られた。


(……はぁ、はぁ……。……ッ、メロすぎる……!!)


 私は顔を上げ、暗闇の中でゾクゾクと震えた。


(今、私……推しに直接触れられたよね!? 首を絞める力、凄まじかった……! 殺意に満ちたあの冷たい瞳、原作の100倍は解像度高くて、心臓止まるかと思った……。ありがとう、ご褒美すぎる……!)


 いや、浸ってる場合じゃない。

 今のセイル様は、あのクズ神官に騙されて、自ら地獄へ歩いて行こうとしている。


(……上等じゃない。証拠エビデンスを偽装するなんて、ブラック企業の汚い手口そのもの。こっちの確認不足は認めるけど、これで終わる私じゃないわよ)


 喉に残る鈍い痛み。

 それが、私が今、生身のセイル様と同じ空気を吸い、彼の運命に干渉できている何よりの「参戦ログ」だ。


(待ってて、セイル様。今は狂女扱いでも、塩対応でも全然OK。アンタが私をどれだけ嫌いになっても、私の推しへの愛は1ミリも減らないわ)

(アンタが信じてる『光』が偽物なら、私が本物の救いになってやる。カシムが描いたバッドエンドの企画書なんて、事務職の意地と推し活の情熱で完・全・シュレッダーにかけて……)


「――私がアンタを救い出して、絶対に、幸せにしてあげるんだから!!」


 震える拳を強く握りしめ、私は立ち上がった。

 第42話の悲劇なんて、私がログインした時点で過去のもの。


 推しの未来は、私が作る。

 私は、ただの観客(ファン)で終わるつもりなんて、毛頭ない。


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