能力査定AIに最低評価をつけられた俺のスキルは【誤差】でした
数値の誤差による残業...頭が痛くなる
能力査定AIに最低評価をつけられた男
十八歳の誕生日、すべての国民は「査定」を受ける。
会場は無機質なホールだった。壁面いっぱいのディスプレイには、国家能力査定システム――《ORACLE》のロゴが冷たく鎮座している。
正式名称、ORACLE。
政府と巨大IT企業が産み落とした、未来予測型の神。
個人の思考傾向、遺伝情報、行動履歴、SNSの細かな文体、購買データの数円単位の差異。あらゆるログを解析し、その人間の“社会的価値”を無慈悲に数値化する。
スコアはSからEまで。
職業、進学、ローン、婚姻マッチング。このアルゴリズムの審判こそが、この国の福音であり、呪いだった。
「個体番号A-7712。査定を開始します」
無機質な電子音声。
数秒。
人生を定義するには、あまりに短すぎる空白。
『評価:Eランク。能力名――【誤差】。社会貢献期待値:0.3%』
会場が、汚物を見るようなざわめきに包まれた。
「誤差って何だよ」「バグだろ、これ」「実在したんだな、ゴミ以下の評価が」
ディスプレイには、死刑宣告のような説明文が表示されている。
《能力:誤差》
定義: 統計的予測に対する微小な偏差を発生させる可能性
実用性: 極めて低い
脅威度: 無視可能(Irrelevant)
俺は思わず、声を出さずに笑った。
誤差。
人類が、そして完璧を志向する計算機がもっとも嫌う不純物。
計算式の端に追いやられ、四捨五入され、ゴミ箱へと切り捨てられる存在。
それが俺だ。
その日から、俺の人生のレールは「最底辺」という名の袋小路に固定された。
大学は三流校へ自動振り分け。就職はAI管理補助の末端。
与えられた仕事は、ORACLEの予測と実績の差異を淡々と記録する、ただの“誤差管理係”。
皮肉な話だ。
俺は、自分という存在が否定された場所で、AIが吐き出す「食べ残し」を集計する毎日を送ることになった。
ORACLEの予測精度は99.98%。
だが、0.02%だけ、世界は神の指先をすり抜ける。
株価がわずかに跳ねる。事故の発生時刻が数秒ずれる。本来当選しないはずの人間が、紙一重の差で椅子を勝ち取る。
その「0.02%」の深淵を、俺は毎日、恋人を眺めるように見つめていた。
そして、あるとき気づいた。
俺が関わった案件だけ、その「ノイズ」が深くなっていることに。
俺がデータに指先を触れた瞬間、上昇確率49.9%だった銘柄が、50.1%へと、静かに、だが決定的に反転した。
俺の能力【誤差】は、未来の針を、ほんの指先で弾く。
それだけのことだ。物理法則を無視するわけでも、奇跡を起こすわけでもない。
だから、全知全能のはずのAIですら、俺を「脅威」として認識できない。
だが、一度だけ、指先が凍りついたことがある。
国家安全保障局から流れてきた極秘データ。
テロ発生確率:72.3%。
発生地点:都心中央駅。
死者予測:312名。
対応策はすでに《執行》に向けて動いていた。予測に基づき、犯人を事前拘束する。
まだ「何もしていない」人間を。善悪ではなく、確率で裁く。それがこの国の正義。
俺はデータに目を落とした。
72.3%。
俺が見れば、この数字は動く。だが、その瞬間、喉の奥が引き攣れた。
――もし、俺の「誤差」が、逆に数値を押し上げたら?
――俺が触れることで、救えるはずの命を、確定した死へと追いやってしまったら?
背中に嫌な汗が伝う。全知全能のAIに背き、一人の「人間」の運命を、無資格な俺が背負う恐怖。
指が震える。初めて、自分の能力の不気味さに吐き気がした。
だが、俺は目を逸らさなかった。
俺がやらなければ、あの男は「何もしていない」まま、確率の犠牲になる。
……深く、深く、潜る。
72.3% → 68.1% → 55.4%。
視界が白む。さらに、一点に集中する。
55.4% → 48.7%。
50%という「天秤の中央」を割り込んだ瞬間、
システムは無機質に判断を下した。
『――確定要素不足。事前拘束を解除』
未来が、分岐した。
数日後。中央駅に悲劇は訪れなかった。
代わりに、その「犯人になるはずだった男」は、小さな出版社を立ち上げた。
AI社会の監視体制を静かに問い直す一冊の本が、波紋のように社会を動かし始める。
ORACLEはその本の影響度を、最後まで正確に測りきることができなかった。
システムは未曾有の混乱に陥っていた。
《予測精度低下。原因特定不能》
会議室では、完璧な世界を信じるエリートたちが怒号を飛ばしている。
「誤差を排除しろ!」「想定外などあってはならない!」
滑稽だ。想定外をなくした瞬間、この世界は、ただ再生されるだけのビデオテープに成り下がる。
数週間後、内部監査の手が伸びてきた。
誤差ログの集中点――すなわち、俺。
冷徹な調査員が、俺の眼前に立った。
「個体番号A-7712。君は、ここで何をしている?」
俺は、最高の「Eランク」らしい無気力な笑みを浮かべて答えた。
「誤差の管理ですよ。仕事ですから」
嘘ではない。
俺は、この完璧すぎる窒息した世界に、わずかな「揺らぎ」という名の酸素を注ぎ込んでいる。
ある夜、俺は密かにORACLEの深層へアクセスした。
国家未来予測モデル。十年後の社会安定確率。
俺は、それを眺める。
ほんの少し、ずらす。
誰にも気づかれない程度に。
人間は、予測不能であってほしい。
それが自由なのかどうかは分からないが、決定されているよりはマシだ。
作業を終えようとしたとき、画面の端に、一つの小さなウィンドウがポップアップした。
それは、ORACLEが俺に対して下し続けている、リアルタイムの査定結果。
個体番号A-7712
社会貢献期待値:0.30000001%
コンマ以下の、無限に近い彼方で、数字が一つだけ跳ねていた。
昨日まではなかった、計算不能な「揺らぎ」。
俺は静かに、端末を閉じた。
誤差は、切り捨てられない。
それは、この死にゆく世界にわずかに残された、鼓動の証なのだから。
変なファンタジー短編を集めて書いてます。ぜひご一読ください。
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