第⁷畳
成立
会社の扉を開けた瞬間、何かが落ちた。
落ちたというより抜けたに近い。
笑顔、相槌、気遣い
一日中貼り付けていた"正しい自分"が、玄関に残されたみたいだ。
パソコンに映る顔は、空っぽだった。
感情がない。
「大丈夫でした?」
そう聞かれてもいつもの笑顔はない。
「あぁありがとうございます」
誰かと話すたびに「ここでこう返すのが正解だ」そう考えてから口を動かす癖が、もう体に染みついている。
帰宅
靴を脱ぎ、電気もつけずに畳に座り込む。
開け
心で願ったその瞬間畳が軋んだ。
「......来たか」
もう驚かなかった。
バスターがいつもの位置にいた。
「今日は観測が強い」
低く頭に響いた
「君、会社でなにした?」
「......何も」
嘘ではない
"何も起きていない"ように振る舞っただけだ。
バスターは少し黙ってから、前足で畳を叩いた。
「恒一、入ろう」
ぶつかると思った瞬間世界が裏返った。
白い空間。
編集前層――デバックルーム
僕はバスターに聞く
「書き換えるってなんだ?」
バスターは少し間を置いた。
「この世界のものすべてにプログラムがある。君にだって私にだってある」
「それを書き換えるんだ。君の年齢に2歳と書き換えれば、2歳になる」
「そういうことだ」
僕は理解できた。
その瞬間僕は嫌な想像をしてしまった。
例の本が浮かんでいる。
手に取って必死に自分のページを探す。
【進行中】
自分のページだ。
「僕、まだ書き換えられてないんだな」
「正確には」
バスターが言う。
「君は"保留"だ」
次の瞬間本の端が、勝手にめくれた。
別の名前
会社の同僚だ。
今日やけに顔色が悪かったやつだ。
文字が歪んでいる
【ウイルス膨張率:危険域】
「......なぁ」
声が震える。
「こいつ消されるのか」
バスターは答えなかった。
それが答えだった。
「修正すればいいんだ」
「やめろ‼」
即答だった。
「それは隔離ではない」
「じゃあどうすればいいんだよ‼」
声が白い空間に反響する。
「消されるぐらいなら」
手が勝手に動いた。
文字列が現れる。
【対象:同僚】【観測条件:成立】
指先が止まる。
ここでやめればまだ戻れる。
わかっている。
でも
会社での、あの顔
無理に笑っていた、自分と同じ顔
「......最初からいなければ」
書き換える
【成立】→【未発生】
次の瞬間、本のページが、真っ黒に塗り潰れる。




