第㈤畳
バスターが畳を前足で指す。
「さぁ、あそこに行くんだ。あそこからデバックルームに入れる」
「さっき僕が入ったとこ?」
「いや、あれはまた別の部屋だ。今から行くとこではプログラムを書き換えられる」
僕は理解が追い付かない。
突然"バグ"や"プレイヤー"などと言われて頭がパンクしそうだ。
「少し整理させてくれ」
「あぁ、急に畳みかけて悪かった」
よし、整理するとしよう。
この世界は現実世界ではなく"プレイヤー"が操作しているシュミレーションだ。
あの夢に出てきた人のような物の事だろう。
次にバスターは修正プログラムでバグやウイルスを報告して排除する。
いわゆるパソコンのウイルスバスターのような役割なのだろう。
そして僕はこのシュミレーションの"バグ"。
僕を報告しようとバスターがしたが感情が芽生え、できなかった。
そして僕には時間がない。
なぜ?
そしてなぜ僕は"プレイヤー"に消されるだけじゃ、すまないんだ?
「……一つ、聞いていいか」
畳から目を離さずに言った。
「どうして、僕には時間がないんだ?」
バスターはすぐには答えなかった。
前足を下ろし、しばらく黙っている。その沈黙が、じわじわと僕の心をえぐる。
「"バグ”はね、恒一」
妙に落ち着いた声だった。
「長く存在しすぎると、内部で歪みが発生する」
「歪み?」
「"ウイルス”のようなものだ」
頭の中で、何かが噛み合う音がした。
「それって……僕の中に?」
「正確に言うと、君という存在そのものから発生する」
バスターは淡々と説明を続ける。
「風船のようなものだ。最初は小さい。だが、バグの状態が長く続くほど、膨らむ」
「……僕は、何年前からバグっていたんだ?」
一瞬の間。
「……十八年前からだ」
「それって、平均と比べて長いのか?」
「とても長いよ。今まで割れなかったのが不思議なくらいにはね」
嫌な想像が、脳裏をよぎる。
「……膨らみきったら?」
「割れる」
その一言が、異様に重かった。
「割れた瞬間、その周囲のプログラムはまとめて消去される。君も、君が触れた世界も」
それはつまり――
「…死ぬ、ってことか?」
「"死”という概念が、一番近い」
喉が渇く。
「じゃあ、俺はもう……」
「限界が近い」
はっきりと言われた。逃げ場のない声だった。
「君は“バグ”であった期間が、長すぎる」
だから時間がない。
だから急がせた。
だから――
「待て」
ふと、別の疑問が浮かぶ。
「だったら、なんで俺は“プレイヤー”に見られていた?」
バスターの尻尾が、ぴくりと止まった。
それだけで、これは“重要な質問”なのだと分かる。
「本来、バグは観測されない」
静かな声。
「見られたということは、君はもう“誤差”ではない」
「……じゃあ、何なんだ?」
バスターは前足で畳を、軽く叩いた。
その音が、やけに大きく響く。
「君は今、プレイヤーの視界に引っかかっている」
嫌な予感が、背中を這い上がる。
「それって……」
「修正対象として、だ」
畳の逆向きの一本が、微かに軋んだ。
まるで、こちらを急かしているように。
「だから行く」
バスターが、再び畳を指す。
「ここから先の部屋で、君は“言語”を学ぶ」
「……さっきのか?」
「そうだ。この世界を書いているものだ」
一拍置いて、こう続けた。
「それを知らなければ、君はただ消されるだけだ」
畳の上の空気が、わずかに歪む。
僕は息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「……行こう」
もう、後戻りはできない気がした。




