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四畳半のバグ  作者: マツダ
3/8

第❸畳

小型犬とは

畳の目が一本だけ逆を向いていた。


おかしい。

まただ。


そう思いながらしゃがみ込み、目を近づける。

光の当たり方でそう見えるだけかもしれない。

だが、どの角度から見ても、やはり逆だった。


バスターが後ろで息を詰める音を立てた。


振り返るとまた玄関で座り込みこちらを見ている。小さな体を固くして、畳に足を乗せようとしない。


「大丈夫だ。」


声に出して自分を安心させた。


三回ほどつついた瞬間だった。


畳がゆっくりと揺れた。

視界が沈む。

落ちている感覚はなかった。


気が付けば立っていた。

見知らぬ場所に。

天井は低く、どこまでも続いているようだ。

蛍光灯が等間隔で並び、すべて同じ明るさで光っている。

壁は黄ばんでいて、少し汚く思った。

壁をよく見ると畳のようにも見えた。


音がする。


「ゴー」

という低いノイズ。


まるで空間そのものが鳴っているような感じだ。

少し歩いてみる。

距離感がおかしい。進んでいるはずなのに、景色が変わらない。


突然壁に一本のレバーが出てきた。


金属製で、壁から突き出している。

表示はなく、説明もない。

それなのに近づいた瞬間、理解できた。


上に上げれば時間が進む。

下に下げれば時間が戻る。

何もしなければそのまま。


誰にも教えられていないのになぜか分かる。


手を伸ばした。

とても冷たい。


下げてみようと思った。


その瞬間、周りの景色が変わる。


まるで倍速で戻されているような感じだ。

僕はレバーを上げてみた。

景色は止まった。


僕とバスターが初めて出会った日だ。

その日僕はとても疲れていた。

ペットショップの前。

駅から少し外れた、小さな店。

ガラス越しに並ぶケージ。


その前に、スーツ姿の自分が立っている。


若い。


今よりも少し軽そうで、目が異様に疲れている。

あの日は残業が続いて、誰かに合わせる余裕すらなくなって、それでも家に帰りたくなくて、ここに立ち寄った。


ガラスの奥。

一番端のケージに小さな犬がいた。

白と茶色の混じった、片手で抱きかかえられるほどの体。

僕に向かって尻尾を振っている。


その横のケースはすべて【売り切れ】の札が張られていた。

なぜこのかわいらしい犬が余っているのか理解できなかった。

僕は店員さんに聞いてみた。


「この子なぜかまったく人と関わりたがらないんですよ。でもお兄さんが来た瞬間にしっぽを振って吠えましたよ。まるでお兄さんに一目ぼれでもしたかのように」


僕はこの話を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かに動いた。


守らなくちゃいけない。


理由はない。

直感だった。


今の僕はその光景を少し離れた場所から見ている。

触れられず、声もかけられない。

ただわかる。

この瞬間が僕の人生の分かれ道だったんだって。


背後でノイズが大きくなった。

「ゴー」という音が低く、警告するように響く。

その瞬間小さなバスターがこちらを見つめた。

「ここに長くいるな。これは過去だ介入するな。」


そう頭に浮かんだ。


そして僕はレバーをもとの位置に戻す。

視界が滲む。

最後に見えたのは若い僕がケージを開けて小さなバスターを抱く瞬間だった。

その腕の中でバスターは凄い勢いで尻尾を振った。


次の瞬間、見えたのはいつもの部屋。


畳。

壁。

天井。


足元で今のバスターがこちらを見上げている。

小さく鳴いた。

まるで「思い出したか?」と言うみたいに。

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