しろくて、ふわふわで、あまくて、からい。
「なおぉーん」
猫の鳴き声に振り返った。
ずっとずっと耳に残っている、たっぷり甘い、かわいい声。
「きいちゃん、どこ」
「ここだよ。ここにいるよ、ずっと」
足元にちょこんと。
シマシマ猫が座っていた。
緑の瞳がまんまるで、きらきらしていて。
間違いなく、わたしのきいちゃんだ。
「きいちゃん、ニンゲン語しゃべってる」
「しつれいな。きいちゃんはいつもニンゲンご、しゃべってるよ」
うるる~ると、抗議する時によく聞こえた低いうなり声も聞こえてきて、しっぽもちょっとご機嫌斜めにぱたぱたと振る。
「ごめん、ごめん。そうだね。きいちゃんはいつも私たちとおしゃべりしていたもんね」
そうか。
きいちゃんは一生懸命、ニンゲン語を話していたんだ。
鼻の奥がつんとするのをごまかす。
「それよりおねえちゃん、みて! ほんもののふわふわだよ!」
しっぽをぴんとたてて、きいちゃんが得意気に「にゃおーん」と鳴いた。
すると、周囲の景色が変わった。
一面真っ白の、雪景色。
少しもこもこしていて、雲の上のようにもみえるけれど、これは間違いなく雪。
「ずっとずっと、にせものだったから、きいちゃんがっかりしてたの。でも、きょうはまちがいなく、ほんものだよ!」
「ほんもの?」
聞き返すと、ぴょんぴょん跳ねながら駆けだして、ぐるりと回ってまた戻る。
「みてみて おねえちゃん
ふわふわの
きらきらで
おいっしーの!」
かふっと、雪の塊に鼻先突っ込んだあとに顔を上げ、あむあむあむと咀嚼してごっくんと飲み込んだ。
「ほんもの、ふわふわの、あまあまなの。おねえちゃんもたべてたべて」
促されて、近くにある雪だるまの頭をさわるとふわりと柔らかい。
まるでわたのよう。
肩の部分を少しだけ拝借して、口に入れてみると、ふわっと口の中で溶けた。
「わたあめ……」
「ね! おいしいでしょ。ふわふわ、あまあま」
「うん、おいしいね」
「すてきすてき、すてきなの、ほんもの! ぬくぬくで、ふわふわ!」
「まって、きいちゃん」
「おねえちゃん、こっちこっち。もっとたくさん、すてきなの、あるよ」
ときどき振り返りながらもぴょんぴょん駆けていくきいちゃんは、出逢った頃のように小さくてほっそりしていた。
「待って、待って!」
慌てて追いかける私も、いつの間にか小さな女の子になっていた。
「ほら、おねえちゃん、ふわふわがくるよ」
天を見上げると、あとからあとから淡雪が降ってきて、きいちゃんは口を大きく開けて雪のかけらぱくりと掴まえた。
「おいしい!」
大喜びのきいちゃんにつられて私も口で淡雪を受けてみた。
ふわりと舌の上に降りたそれは、格別の味。
「おいしい」
「わあいわあい、うれしいな。おねえちゃんにほんもの、ごあんない」
ああそうか。
ようやく気が付いた。
きいちゃんが何度も何度も行きたかったのは、この世界なんだ。
あまくて、ふわふわで、あたたかい。
おふとんのようにやわらかいのが、『ほんもの』。
リセットされるんじゃない。
きいちゃんは、今度こそ自分の思う『ゆき』に違いないと喜んで外へ飛び出ては、がっかりしていたんだ。
「おねえちゃん、かけっこしよう」
「うん」
小さい頃に戻った私たちは、走って寝っ転がって、じゃれあった。
抱きしめて、頬ずりして、頬をザリザリ舐められて。
するりと逃げ出したきいちゃんを追いかける。
ぴょんぴょん跳ねて、雪にダイブして、たくさん、たくさん遊んで、笑って、たくさん食べた。
「たのしいね。おねえちゃん、とってもとってもたのしいね」
「うん、とっても、とってもたのしいよ」
きらきらひかる白い世界は、少し眩しくて、楽しいのに泣きたくなる。
「おねえちゃん、だいすき」
ぱちぱちぱち。
きいちゃんが瞬きを繰り返す。
猫の瞬きは、『だいすき』のしるし。
「わたしもきいちゃんがだいすき」
ぱちぱちぱち。
私も瞬きのお返しをする。
「えへへ。うれしいな。たのしいな」
二人で何度も瞬きしあっていたら、ふいに、ぱちんと何かが弾けた。
「きいちゃん!」
瞬きを繰り返すきいちゃんの愛らしい顔が、急に白くかすんでいく。
いやだ、
まって、
消えないで、きいちゃん。
「まって!」
目を開くと、自分の部屋のベッドの上だった。
「やっぱり、ゆめ、なんだ……」
わかっていたけれど。
それでも、まだ。
再び目を閉じても、もう夢に戻ることはできない。
夢だから。
仕方がないことなのだ。
やがて外がしんと静まり返っているのに気が付いて、布団から出て窓辺へ行き、カーテンを開けた。
「積もったんだ……」
窓の外の雪が、陽の光を浴びてきらきら、きらきらと光っている。
あまりにも白銀の世界があまりにも眩しくて、鼻がつんとして、目から涙がぽろぽろと流れた。
きいちゃんのいない、初めての雪景色。
もう、きいちゃんは『だしてだして』とねだったり、『つめたい、ひどい』と怒ったりしない。
せっかく、積もったのに。
「しょっぱいよ、きいちゃん」
涙があとからあとから流れて、ちょっと口に入ってしまった。
「きいちゃん……。あいたいよう……」
涙が止まらない。
会いたい、会いたい。
夢でいいから、また会いたい。
「ゆき、降ったよ。きいちゃんのだいすきなゆき」
あなたのゆきは。
しろくて、ふわふわで、あまくて。
しおからい。




