それから
きいちゃんは、『何年も前からここのおうちの子ですけれど?』という顔をして、あっという間に家族に溶け込んだ。
何と言っても忘れられないのが、初めての夜。
せっかく両親が用意したいくつもの寝床を素通りして、父、私、母と川の字で寝ている布団へ乗り込んできた。
「にゃああん」
ひと鳴きして、私と父の間にぽふんと横になった。
そして目を細め、父の腕を枕にして不思議な音を立てる。
「これはね。喉を鳴らしているのよ。わらわはまんぞくじゃって言ってるの」
そっと後ろから覗き込んだ母が小さな声で教えてくれた。
「喉を鳴らすのって、『ゴロゴロ』って音じゃないの? なんかゴーゴーって聞こえるよ」
「そうねえ。ゴーゴーとしか聞こえないわよね。でも、これが猫のゴロゴロよ」
そうしてきいちゃんのゴーゴーを聞いているうちに眠たくなって、朝になった。
「あれ?」
目覚めると、きいちゃんの顔が目の前にあって。
きいちゃんは私の腕を枕にしてぐっすり眠っていた。
翌日は朝からてんやわんやだった。
猫トイレできいちゃんが上手にうんちをして、皆で褒めていたらなんとその小さな落とし物には白い紐のようなものがくっついていて、それを見るなり母は「これはたいへん!」と大慌てで、父と二人で「病院行かなきゃ」と言うなり、いきなりきいちゃんを洗濯ネットに突っ込み、近くの動物病院へ走った。
診察の結果、きいちゃんのお腹の中には虫がいて、それを駆除する薬を処方してもらうことになった。
ついでに身体についたノミダニを駆除する薬剤を首に塗布してもらい、お医者さんには、この子はまだ生後半年くらいだと言われた。
どこで生まれて、どこで暮らしたのかわからないけれど、とっくの昔にきいちゃんは私のかわいい妹になっていた。
それから、毎日色々な事件が起きた。
起きている時のきいちゃんはとてもとてもおてんばで、走るのが大好き、飛び上がるのもよじ登るのも大好き。
家の中の全てがきいちゃんの遊び場だった。
手始めにリビングのカーテンに飛びついて、がっがっがっと爪をしっかりと食い込ませてカーテンレールの上を目指した。
「いやぁ~っ。私の嫁入り道具! ママに買ってもらったお気に入りなの、やめてきいちゃん!」と母は叫ぶなり、きいちゃんを捕まえて、お気に入りだったらしいカーテンを仕舞い、別のものを買ってきて取り付けた。
どうやらきいちゃんは登るのが大好きのようで暇さえあれば挑んだ。
鋭い爪でカーテンや網戸を容赦なく破壊するたびに両親が悲鳴を上げ、その声が嬉しい時に上げるものだと勘違いしたのか、得意気な顔をして、様々なことをやってのけた。
花を生けた花瓶を倒したり、ティッシュを全部引き出したり、晩御飯最中にいきなりテーブルのど真ん中にダイブしたり。
さすがに駄目なことはだめと両親が叱ると、耳を少し後ろにそらし、口をへの字にして、
『なんでおこるの。ひどい。きいちゃんおひめさまなのに。おひめさまをおこるなんてふけいせんばん』
と、ご機嫌を損ねて、ぷいっとどこかに行ってしまう。
ある時父がきいちゃんにこんこんと説教していたら、しばらくむっとした顔で見つめたあとふいに踵を返し、窓辺へトコトコと歩いてすとんと座ると、「ぎゃおーん」と窓の外に向かって、まるでライオンのように咆哮した。
呆気にとられる私と父の横で母がぷっと吹き出して、
「もしかして、『おとうさん、がみがみがみがみ、うるさーい』って叫んでるんじゃない?」
と、お腹を抱えて笑う。
「そうかもなあ。ごめんな、きいちゃん。お父さん、ガミガミやりすぎたな。お父さん、猫と暮らすのは初めてで、ちょっと神経質になりすぎたよ」
咆哮の余韻を残す雄々しい背中に父が声をかけると、きいちゃんはくるりと振り向いてトコトコと父の前に戻って来ると、見上げて「み゛っ」と短く鳴いた。
「ああ、もう降参だよ。きい姫さま」
すると、きいちゃんは父の足の周りをぐるりぐるりと八の字に歩き回って身体を擦り付けた。
「はい、これで仲直りね」
なんだかんだ言っても、父はきいちゃんに甘く。
そしてそれは私たちも同じだった。




