90終戦
やったー! 5-3海域突破!
1942年12月。アメリカ西海岸を覆っていたのは、日章旗を刻んだ爆撃機が落とした、黒い絶望の影だった。
本土爆撃。その衝撃的な事実に、アメリカ国民のプライドは粉々に打ち砕かれた。太平洋の真の覇者が誰であるかを嫌というほど思い知らされた彼らの怒りは、濁流となってホワイトハウスへと押し寄せる。
「大統領! 説明していただこう! 日本海軍との戦いは連戦連勝ではなかったのか!? 政府の発表と現実は、まるで真逆ではないか!」
議場に響き渡る怒号。その中心で、脂汗を流しながら演説台に縋り付いている男がいた。アンドリュー・フォーク大統領である。
「ち、違う! 我が偉大なアメリカ海軍が、あんな東洋の小国ごときに負けるはずがないのだ!」
「ならば、前線へ送り出された我らの息子たちはどこへ消えた!? 負傷兵の一人すら本土に帰還していないなど、あり得ないだろう!」
「そ、それは・・・彼らの戦意が極めて高く、ハワイでの静養を強く希望したからだ! 回復後、速やかに前線に戻り戦いたいと・・・。そんなことより聞け! 東海岸で建造中の新鋭戦艦と空母群がいよいよ完成する! 来年には必ず、太平洋から日本人を叩き出してやる!」
苦し紛れの言葉に、議員の一人が冷笑を浮かべて問い詰める。
「一体どんな秘策があるというのです、大統領?」
「そ、それは・・・高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応すれば、必ず勝てる!」
「要するに、行き当たりばったりということですか?」
その言葉にフォークの顔色が劇的に変わった。だが、この世界線の彼は、ある意味で「強かった」。
「全軍が救国の一念をもって邁進すれば、戦術的な微細な困難など、奔流の前の塵芥に等しいのだ!」
「それほど大統領が勇猛であられるなら、ご自身で前線の視察にでも行かれたらどうですかな?」
「不可能なことを言うな!」
「不可能事を並べているのは貴公の方だ! それも、安全な場所から一歩も動かずに!」
「わ、私を侮辱するのか・・・!?」
「いいえ。あなたの大言壮語に、国民全員が聞き飽きただけですよ」
議員の冷徹な追及は止まらない。フォークは拳を振り回し、自身の実績をがなり立てた。
「私はこの国のために尽力した! 経済を回復させ、世界恐慌のどん底からアメリカを救い出したのは私だ!」
「その代償に財源は底をつき、インフレは加速。失業率はあなたが就任して以来、高止まりしたまま横ばいだ」
「インフレだと? 財源だと!? 硬直化した経済指標に固執するのは、時代の潮流を見誤る愚行だ! 市場の動向を精査しつつ、高度な機動力を維持し、官民一体となって臨機応変に富を創出すれば、景気後退などという概念は霧散するのだッ!」
「能書きはいい。指導者として他人に命じるのであれば、まずは自分にできるかどうか・・・その身をもって示していただきたいものですな!」
「あっ、ああ・・・! う、うああああああッ!」
次の瞬間、フォークは自身の顔を狂ったように掻きむしり、その場に崩れ落ちた。
「な、何事だ!?」
議場が騒然とする中、側近が青ざめた顔で駆け寄る。
「申し訳ございません! 大統領は・・・物事が自分の思い通りに運ばないと、癲癇を起こす持病がございまして・・・!」
「この国の大統領は、幼児並みのメンタルしか持ち合わせていないのか!?」
全議員が呆れ果て、罵声を浴びせる中――。 一人の男が、静かに、だが圧倒的な存在感をもって演壇に立った。
前アメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルト。彼は手にした書類を掲げ、凛とした声で告発を始めた。
「昨日、陸軍省から公表された『ヴェノナ文書』・・・。これこそが、闇に葬られていた真実だ。アメリカ陸軍情報部とイギリス情報機関が解読した、ソ連諜報機関の秘密通信記録・・・そこには、驚くべき名が記されている」
議場が水を打ったように静まり返る。
「国務次官補アルジャー・ヒス。そして、現ホワイトハウスの要人たち。彼らはソ連のスパイであり、我らアメリカは、ソビエト連邦の工作によって日本との無謀な戦争へ引きずり込まれたのだ」
激震。議場は一瞬の静寂の後、沸騰したような騒乱に包まれた。アメリカ議会政治における最大の汚点。他国の利益のために戦争を仕掛け、そして敗北を喫した。そのあまりに醜悪な真実が、白日の下に晒された瞬間だった。
その後、行われた大統領選の結果は火を見るより明らかだった。民主党が圧勝し、ルーズベルトが再び玉座へと帰還する。
混迷を極める1942年の冬。アメリカは、自らが招いた業火の中で、ようやく再起への第一歩を踏み出そうとしていた。
「ようやく、終わったわね」
1943年1月。窓の外に広がる冬の澄んだ空を見上げながら、鷹尾は深く椅子に身体を預けた。 アメリカとの講和成立。新大統領ルーズベルトとの間で結ばれたその条件は、帝国日本にとって空前絶後の勝利を意味していた。
「賠償金に加えて、ハワイ、グアム、サモア、フィリピンの割譲。さらにパナマ運河の利権。仕上げに核開発の全面禁止・・・。まあ、妥当な落とし所かしらね」
「ようやく平和がやってくるんだな。・・・鷹尾、全部お前の努力のおかげだ」
対面で茶を啜っていた一樹が、労うように微笑む。涼宮邸の居間には、戦時下とは思えない穏やかな団らんの空気が流れていた。だが、一樹の視線は、すでに次の火種へと向いている。
「・・・だが、欧州戦線はどう決着させるつもりだ?」
「うーん。政府がようやく東ロシア向けに、栄二一型発動機の輸出を認可してくれたわ。といっても、電子制御一式を外した英国向けと同じ廉価版だけどね」
「あの最高機密を外したやつか。・・・しかし、今の東ロシアが使っているミグやスホーイのエンジンに比べれば、劇的な改善になるだろう?」
東ロシア軍は、鷹尾がもたらした技術により、地上では傑作戦車T-34と互角に渡り合うMe2中戦車を保有していた。しかし、空では苦戦を強いられていた。彼らの戦闘機は、日本軍の成功例に倣ってターボチャージャーを搭載し、高度6000メートル以上では無類の強さを誇った。だが、低空戦に引きずり込まれると、ソ連の傑作機Il-2シュトゥルモヴィークの餌食になっていたのだ。
「どうして政府は東ロシアに冷たいんだ? 友好国だろう?」
一樹の素朴な疑問に、鷹尾は少し遠い目をして答えた。
「一樹、友好度と軍事的脅威は別物なのよ」
「どういう意味だ?」
「地政学上の仮想敵国の順位はね、まず物理的な破壊力、次に過去の交戦経験、そして地理的な要衝で決まるの。友好度なんて一番下の要素。日露戦争で交戦した過去があって、物理的に目と鼻の先にいる東ロシアを、政府が警戒しないはずがないわ」
マキャベリの君主論にも通じる、冷徹なまでの国家理性。鷹尾はため息をついた。
「政府の本音はね、ソ連の力を削ぎたいだけで、東ロシアによるモスクワ占領なんて望んでいないのよ」
「正気か? ならどうやってソ連を降伏させるんだ。東ロシアにやらせるのが一番だろうに」
「お兄様の話だと、モスクワは我が国とイギリスで直接占領するつもりらしいわ」
「・・・ドイツすら手こずっている相手だぞ。第一、そのドイツが壁になって立ちはだかっているじゃないか」
「それがね。・・・どうも、私が悪いみたいなの」
「またか。お前、今度は何を仕掛けたんだ?」
一樹の呆れ顔に、鷹尾は頬を膨らませてみせた。
「私は首相に提案しただけよ。アメリカへの賠償金を減額する代わりに、彼らを欧州戦線に引き込む・・・つまり日英露蘭通商条約側、こちら側の陣営に立ってもらうの」
「昨日まで殺し合っていた敵と、準同盟を結ぶというのか?」
「ドイツは同盟国だったソ連にいきなり宣戦布告無しで開戦したのよ? 逆があってもいいじゃない。それに、今のアメリカは正義に飢えているわ。ソ連のスパイに踊らされて敗戦国になった怒りを、ぶつける相手を欲している。だから、私が提唱したの。――国際連合(United Nations)の旗印の下、戦後秩序の主導権を握りましょうって」
「なるほどな・・・。日本には負けたが、世界大戦では戦勝国として振る舞える、か。それで、アメリカの反応は?」
「快諾とはいかないけれど、彼らの工業力と陸軍将兵はまだピンピンしているわ。海軍はボコボコにしたけれど、既に正規空母6隻、軽空母16隻が就役間近。やっぱり、あの国のリソースは化け物ね」
「恐ろしい国だな。・・・だが、将来は大丈夫なのか? 再び力をつけたアメリカが、いつか我が国を脅かす存在になるのでは?」
一樹の危惧に、鷹尾の表情がわずかに曇った。彼女の脳裏には、前世で見た、もう一つの未来が去来していた。
「・・・その可能性はあるわ。私の知る歴史では、1990年代の日本はアメリカの半分近いGDPを持っていて、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。ロックフェラー・センターを買い、ハワイの土地を買い漁って、もうすぐハワイは日本のものだ、なんて本気で言う人たちもいたわ」
「日本人が、そんな喧嘩を売るような真似を?」
「ええ。相手のプライドも考えずにね。・・・結果、アメリカは激怒した。日米貿易摩擦という名の第二の戦争が始まったのよ。誰もそれが戦争だと気づかないうちに」
「結果は・・・どうなったんだ?」
「負けたわ。政府は有効な手を打てず、民間企業が自主規制で血を流し、その先に待っていたのは・・・失われた三十年。バブル崩壊という名の、長い長い冬よ」
絶句する一樹を前に、鷹尾は毅然と顔を上げた。
「かつて明治の賢人たちが国家存亡の危機を乗り越えたように、日本人は危機には強い。でも、平和に慣れると途端に脆くなる。・・・だからこそ、今のうちに楔を打ち込んでおかないといけないの」
「・・・そうか」
一樹は黙り込んだ。鷹尾がなぜ、これほどまでにこの戦争に執着するのか。その理由の断片を、彼はようやく理解したようだった。
「アメリカとはいつかまた激突する日が来るかもしれない。でも、次は対話で解決できるようにしたいの。戦争を回避する唯一の手段は、互いの利益を一致させることだから」
鷹尾は立ち上がり、窓の外、はるか東の空を見据えた。
「さあ、まずは今年中に欧州を片付けるわよ」
その瞳には、すでに戦後の、そしてさらにその先の百年を見据えた賢者の輝きが宿っていた。
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