86決戦前
1942年5月27日。かつて東郷平八郎がバルチック艦隊を撃破し、世界の歴史を塗り替えた海軍記念日。
しかし、今年のその日は、帝国海軍史上最悪の海軍記念日として幕を開けた。マリアナ沖で空母飛龍は海の藻屑に消え、蒼龍は炎上して大破した。トラック島沖の傷が癒えぬ赤城、加賀はドックで修理を待ち、欧州派遣から帰還途上の翔鶴、瑞鶴は、まだインド洋の彼方だ。稼働正規空母、ゼロ。無敵だった筈の第一航空艦隊。だが、この代償こそが、保守的な海軍上層部の目を力ずくでこじ開けることとなった。
1941年末から続く三つの海戦は、一つの事実を突きつけた。ミサイルはハイコストであり、時期尚早という老害たちの妄言は、沈んだ空母によってかき消された。一発数千円のミサイルをケチった結果、数百万円の空母と、それ以上の価値がある熟練搭乗員を失う――これほどコスパの悪い計算があるだろうか。
ミサイルを積んだ駆逐艦があれば、戦艦を屠れる。ミサイルで防空網を敷けば、空母は沈まなかった、この結論が、マル急計画、そして④計画の仕様を根底から塗り替えた。
「多目標同時対処ができない? それ、私のせいですか?」
軍部が涼宮財閥の当主、涼宮鷹尾に突きつけた理不尽な苦情。それは秋月型以外の駆逐艦に、同時に複数の敵を叩く能力がないという、八つ当たりのような言いがかりだった。だが、若き女当主は不敵に微笑み、あっさりと解決策を提示してみせた。
「足りないなら、安くて良いものを増やせばいいだけのことでしょう?」
彼女がもたらしたギフトは、常識を覆すものだった。まず、駆逐艦の主砲である12.7cm速射砲に、廉価版の誘導装置を付与。さらに、急降下爆撃機や雷撃機を自動でなぎ払う20mmCIWSの低価格モデルを開発。これらを艦隊全体へばら撒くことで、数による鉄壁の防空網構築を可能にしたのだ。
そして極めつけは、駆逐艦用6セルVLS(垂直発射装置)の実装である。
垂直発射装置の最大の問題は深さだ。小型の駆逐艦に深い穴を開けることはできない。そこで鷹尾が用意したのは、高さを3メートルに抑えた短縮型ユニットだった。
建造中の夕雲型駆逐艦からは、後部の主砲2門が容赦なく撤去された。その跡に装着したのは、6セルのVLSと、4連装対艦ミサイル発射筒2基。VLSには、1セルにつき4発のミサイルを詰め込むクアッドパック仕様が採用され、合計24発の一式対空誘導弾が装填された。
さらに、水雷戦隊の雷撃重視のドクトリンも捨て去られた。
ミサイルで大型艦を無力化すれば、8門もの魚雷は必要ない。西村艦隊がレイテ沖で得た戦訓が、魚雷発射管を削り、両舷へのCIWS増設を断行させた。
この迅速な換装を可能にしたのは、かつての変執的なまでの設計思想だった。天才、高木技術師が重巡洋艦の主砲速射化を命じられた際、彼は将来の兵装更新を見越し、砲塔をユニットごと抜き差しできるコンポーネント式として完成させていたのだ。
駆逐艦の12.7cm砲も、阿賀野型の15.5cm砲も、規格化されていた。主砲のターレットをクレーンで吊り上げ、そこへコンポーネント化されたVLSをはめ込む。まるでおもちゃのブロックを組み替えるような手軽さで、旧世代の駆逐艦は最新鋭のミサイル艦へ進化を遂げる。
一方、大和型戦艦に備えられた零式垂直発射装置は、将来のミサイル大型化を見越した5メートル級の深さを誇っていた。
「次は、どの兵種で敵を驚かせましょうか?」
涼宮鷹尾の不敵な独白が、雷鳴のように響く。 稼働空母ゼロ。だが、日本海軍はかつてない戦力を蓄え、反撃の瞬間を待っていた。
1942年5月の屈辱は、猛烈な進化の種となった。④計画、そしてマル急計画。それはもはや、かつての海軍が夢見た大艦巨砲主義の墓標ではない。涼宮財閥がもたらしたオーバーテクノロジーを、強引に、かつシステマチックに組み込んだミサイル艦隊への変貌だった。
話を④計画、マル急計画に戻そう。
阿賀野型一番艦が15.5cm速射砲3基による高火力を誇ったのに対し、二番艦能代からは、その姿を一変させた。砲を減らし、ミサイルを積む。艦政本部の決断で主砲は一門に絞られ、空いたスペースには24発の一式対空誘導弾(VLS)と、四連装二基、八門の対艦ミサイル、さらに潜水艦をアウトレンジで撃破するためのアスロック8連装発射機が搭載された。
さらに、潜水艦司令部機能を期待された大淀型は、もはや浮かぶ対潜要塞だった。15.5cm速射砲1基に加え、12.7cm対空速射砲を4基、CIWSを6基装備。航空甲板からは、6機の無人偵察機が24時間体制で敵潜水艦隊を監視する。
潜水艦の進化を予見し、射程20kmを妥協なしで実現した14インチ径のアスロック。この巨大な兵器を収めるために逆算されたのが、5mの深さを持つ零式VLSだった。
擬装段階で大幅な仕様変更を受けた正規空母大鳳。最新鋭の10cm速射砲を積み込む予定だったが、軍政本部はあえて価格は十分の一という廉価版兵装への改装を命じた。高級品を1基積むより、安物を10基積んだ方が防空網に穴は開かない。その兵装は12.7cm速射砲6門、CIWS8基、20mm連装機銃8基。艦載機は100機近い。
飛龍の設計をベースに、ガスタービンとディーゼルの統合推進を搭載した雲龍型は、わずか三か月で産声を上げる。その甲板には、零戦三二型三十二機、彗星二十四機、天山二十四機の合計八十機を搭載する。
そして、この計画の最大の目玉こそが、重巡洋艦の皮を被った電子の要塞、改鈴谷型である。 もはや史実のような単なる重巡洋艦ではない。
50口径20.3cm連装砲、100km先の目標に精確に着弾する滑空誘導弾を搭載。
零式VLS64セル。戦艦大和の技術が移植された二式高速滑空弾、一式対空誘導弾、アスロック、そして数千キロ先の敵の拠点をピンポイントに破壊する巡航誘導弾を混載。
二式高速滑空弾とは大和級の高速滑空弾をVLSから射出するミサイル。コストは十分の一以下という・・・。
このバケモノを戦時急造するために、船体はブロックごとに製造され、驚異的なスピードで組み上げられた。
この改鈴谷型の船体設計をそのまま流用し、格納庫と飛行甲板を載せただけの樟級軽空母までもが、戦列に加わった。
1942年8月、珊瑚海。――帝国海軍の帰還。
海面に映る十の艦影。傷を癒やした赤城、加賀、蒼龍。欧州から帰還し、改装を施された翔鶴、瑞鶴。そして、新造された大鳳、海鳳に加え、急造空母、雲龍、天城、笠置。
「……長かったな」
稼働空母ゼロの5月27日から三か月。今、史上最強の航空艦隊が結成された。水平線の向こう側で、スプールアンスが、ニミッツが、そしてハルゼーが待っている。
だが、彼らが対峙するのは、もはやかつての日本帝国海軍ではない。ミサイルとイージスシステム、そして無人機の力を得た、時空を超えた戦力なのだ。
「皇国の興廃、此の一戦に在り。各員一層奮励努力せよ」
空母大鳳に、Z旗がひるがえった。
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