80マリアナ沖海戦(グアム強襲)
1942年5月、フィリピンを陥落させた日本軍は次のフェーズに移行していた。
中部太平洋、マリアナ諸島。軍令部が描き出した地図の上で、駒は静かに、しかし明確な意志を持って動かされていた。
現在、米海軍が動かせる空母戦力はエンタープライズとサラトガのわずか二隻。対する日本側は、第二航空戦隊の飛龍、蒼龍に三隻の軽空母を戦力に加えていた。
「数では勝る。だが、慢心は敗北への最短距離だ」
参謀たちが囁き合う中、決定されたのは徹底した選択と集中だった。中部太平洋の侵攻はグアムまでにとどめ、ウェーク島攻略すら保留。クェゼリンをはじめとする委任統治領からは邦人を避難させ、代わりに水上偵察機の網を張り巡らせる。最小限の哨戒網に絞り、余剰となった戦力を南東方面――ビスマルク諸島のラバウル、そしてオーストラリア近海へと叩きつける。
戦力を分散させず、まずは南の大陸を戦線から引きずり下ろす。それが、この戦略の勝ち筋だった。
この世界線において、歴史の歯車は違う音を立てて回っていた。かつての盟主英国は中立を貫き、オランダもまた沈黙を守っている。しかし、南半球のオーストラリアだけは違った。
彼らにとって、アジアの台頭は生理的な恐怖であり、許しがたい脅威だった。白豪主義――その強固な人種的差別感は、英国のような老獪な二股外交を拒絶させた。彼らは隣国ニュージーランドと共に、米国の開戦に歩調を合わせ、宣戦布告という明確な敵意を剥き出しにしたのだ。
「彼らを戦列から脱落させ、米国を完全に孤立させる」
その計画の第一手として選ばれたのが、サイパン島を拠点としたグアム攻略である。
紺碧の海を切り裂き進むのは、山口多聞司令官率いる第二航空戦隊。水平線の向こうには、必ず米空母が出現する。それは、この海域のパワーバランスが拮抗から優勢へと塗り替えられるための、避けられない戦いだった。
「強襲揚陸艦下北より入電! 支援を要請しています!」
飛龍の艦橋に、焦燥を含んだ報告が響いた。山口多聞は、海図を見つめたまま動かない。
「・・・やはり、強襲揚陸艦の戦力だけでは無理だったか」
「どうやら、米軍に一杯食わされたようです。あえてサイパンへの反撃を控え、戦力を温存、増強していた模様です」
山口は苦々しく呟いた。
「下北達強襲揚陸艦の零戦やサイパンの航空隊だけでは、手に余る兵力か。厄介だな・・・」
思考の迷路が山口を飲み込んでいく。もし自分が敵の指揮官なら、このグアムをみすみす明け渡すはずがない。ここを抜かれれば日本本土への奇襲が可能、その上、現在開発中とされる新型長距離爆撃機による本土爆撃すら可能になる。ここは、互いに一歩も引けない絶対の防衛線なのだ。
「針路グアム! 瑞鳳から索敵機12、利根と筑摩も水上機を出せ。祥鳳は直掩機を常時12機上げろ。飛龍、蒼龍、龍驤――対地爆弾、揚弾始め!」
提督の決断と共に、機動部隊が針路をグアムに向けた。
だが、山口の不安は、最悪の形で的中した。グアムには増強された基地航空隊だけでなく、米海軍の誇るエンタープライズ、サラトガ、さらには計画を一年前倒しして投入された新鋭空母エセックス、ヨークタウンIIが待ち構えていたのだ。
そんな状況とは露知らず、二航戦の第一次攻撃隊はティヤン飛行場へと殺到した。
「墜ちろォ!」
飛龍攻撃隊のエース、流竜馬が愛機の20mm機銃を叩き込む。だが、火を噴くはずの敵機は、無残に砕け散るだけで燃え上がらない。
「・・・やられた! 張りぼてかよ!」
流は歯噛みした。地上の機体は木製のデコイ。フィリピンでの敗北から学んだ米軍は、本物の機体を強固な掩体壕や、グリーンのネットで覆った繁みの中に巧妙に隠蔽していた。
「全機へ! 地上の機体は罠だ! 繁みの中を叩け! 掩体壕は80番の直撃以外無理だ!」
流の叫びも虚しく、すでに多くの機が爆弾を投下してしまっていた。
『我、第二次攻撃の要を求む』攻撃隊長小林道雄大尉からの虚しい電文が届く頃、旗艦飛龍は渦中にあった。
攻撃隊の効果不十分と、その理由がもたらされた。敵が隠した機体を引っ張り出し、攻撃に移るのは目に見えている。
「第二次攻撃を準備! 陸用爆弾揚弾始め!」
山口は第二次攻撃を指示した。だが、空母内で迅速な爆装への準備が整い始めた直後。
「敵のカタリナ飛行艇、接近! 距離70キロ地点で撃墜!」
「位置はバレたな・・・じきに敵機が押し寄せるぞ」
山口が第2次攻撃の準備を急がせようとした、その瞬間。運命の電が舞い込んだ。
『敵空母見ゆ! 空母4、巡洋艦3、駆逐艦14! 地点ヘラ45 』
更に針路、速力の報告がもたらされ、飛龍艦橋内はパニックとなった。
「どうなさいます、閣下!」
「・・・対艦装備への兵装転換を命ずる」
参謀長伊藤が思わず声を上げた。
「よ、よろしいのですか!?」
かつてのレイテ沖海戦で、山口は「陸用爆弾のまま出撃せよ」と命じ、多大な犠牲を出した。その記憶が脳裏をよぎる。
「グアム攻撃で消耗した今、万全の全力攻撃でなければ敵空母4隻には対抗できん。整備員を信じろ!」
この世界線の日本空母は、重機や小型牽引車の整備技術により、本来2時間かかる換装を1時間で完了させるポテンシャルを持っていた。この驚異的なスピードが、戦場の明暗を分けることになる。
だが、敵もまた容赦はなかった。重巡利根の電探が、殺到する黒点を捉える。ドーントレス20機、アベンジャー10機。グアムの基地司令官が、カタリナの最期の報告を頼りに戦闘機の護衛なしで放った、捨て身の攻撃だ。
「対空戦闘、始めッ!」
だが、これは二航戦受難の始まりだった。
全ては・・・。アメリカ機動部隊を率いるのは、皮膚病にかかった猛将ハルゼーの代役として抜擢された冷静沈着な男、スプルーアンス少将。彼は日本軍によるグアム空襲を知るや、完全な準備を待たず発艦準備ができた機体から順次発進せよ、と命じたのだ。
統制のとれた全力攻撃ではない。バラバラに、しかし絶え間なく降り注ぐ五月雨式の波状攻撃。
基地から、そして海上の4隻の空母から。 2時間にも及ぶ終わりのない防空戦の幕が、今、切って落とされた。
時は一週間前まで遡る。
私は去りゆく山本五十六司令長官の背中を見送りながら、込み上げてくる苛立ちを抑えきれずにいた。正直に言えば、期待していたのだ。彼は私の持つ未来の知識を共有した上で、独自の、もっと大胆な戦略を練り上げているものだと。だが、それはあまりにもおめでたい、私の完全な杞憂に過ぎなかった。
この世界線の山本五十六は、そこまで追い詰められてはいなかったのだ。
「戦略というものは軍令部が立案するもの。私はその立場にありません。与えられた方針を、ただ迅速に実行に移す・・・それが私の仕事です」
そう、至極当たり前の正論を口にし、彼は軍令部の方針に唯々諾々と従う旨を宣言した。おかげで、彼が独走して歴史を狂わせるという不安こそ払拭されたが、問題はそこではない。彼が持ち出した主題が、私の逆鱗に触れたのだ。
「未来! あんた、一体何を考えてるのよ!!」
怒りのあまり、私の怒鳴り声が邸内の静寂を切り裂いて響き渡った。それは、時代の荒波に抗う一人の少女が、歴史上最大の国に叩きつけた渾身の抗議だった。
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