76海軍からの苦情
「私が悪いって言うの!?」
私の絶唱が、午後の陽光が差し込む広い涼宮邸に空しく響き渡った。
「お嬢様。・・・一体、今度は如何なされたのですか?」
呆れたような溜息とともに、茜が銀のトレイを運んでくる。芳醇な香りが漂う午後の紅茶(茜の旦那様の会社のペットボトル入り)。本来なら優雅なひとときのはずなのに、私の心は荒れ狂っていた。
「トラック島奇襲の調査報告書よ! 空母赤城と加賀の被弾原因が、近接防御システム——いわゆるCIWSの搭載門数が少なすぎたせいだって、結論づけられたのよ!」
「それがどうしてお嬢様のせいなのですか? 搭載計画を立てたのは海軍の上層部でしょう?」
茜の問いに、私は机に突っ伏しながら恨みがましい声を出す。
「・・・確かに、大型空母に12.7cm単装速射砲4門、CIWS4基。少なすぎるわよ。空母の敵は飽和攻撃と決まっているんだもの。私もそれを危惧して、もっと数を増やすべきだってプレゼンしたわ。でも、あいつら・・・コストが高すぎるって、そっぽを向いたのよ! だから今の数になったのに!」
「それでお嬢様のせいだなんて、筋違いも甚だしい暴言ですわね。海軍の予算管理能力の問題ですわ」
「でしょ!?・・・まあ、確かにね? 機能はそのままにコストを10分の1に抑えた廉価版のプランも隠し持っていたわよ。でも、高い方を勧めるのが商人の性じゃない! それをコストを理由に少なすぎるだの高いだの・・・理屈がおかしいわよ!」
「・・・」
一瞬の沈黙。茜の眼光が、冷ややかな絶対零度へと変わった。
「・・・失礼いたしました。やはりお嬢様のせいですわ」
「なんでよっ!」
「その、お金に汚い、せっこい根性を何とかしてくださいまし! お嬢様にとっては、はした金でしょう?」
「私はね、お金は多ければ多いほど好きなのよ! 渋沢栄一様の笑顔は裏切らないんだから!」
「・・・お嬢様。その卑屈な発言、一樹様にお伝えしましょうか?」
私の心臓が跳ね上がった。
「や、止めて! それだけは絶対に止めて!」
「ならば、さっさとその廉価版の仕様書と資料をまとめなさい!」
「わかったわよ、もう! ・・・ああ、お値段が10分の1になっちゃうなんて、もったいない・・・」
めそめそと、今にも泣き出しそうな顔で、私は海軍の要求——20mm3砲身ガトリング砲、CIWSの仕様変更作業に取り掛かった。
「ええい、見てなさいよ。コストの中心だった追尾レーダーをリストラしてやるわ」
現在のCIWSが高価な理由は、頂部や横に専用の追尾レーダーを搭載しているからだ。これを廃止。艦本体の捜索用フェイズドアレイレーダーの情報を共有し、最終的なターゲットの絞り込みは光学追尾・・・つまり、ビデオカメラによる画像認識追尾と簡易LIDAR(レーザー測距)に切り替える。
「この時代の飛行機なんて、せいぜい時速700kmそこら。現代のミサイルを狙うような高速サーボモータなんて宝の持ち腐れだわ。もっと安価な汎用モータに換装。弾丸も高価なタングステン弾はやめて、安っすい焼夷榴弾(HEI)に変更よ。薄っすい鉄と木でできた飛行機なら、これで十分以上だわ」
さらに、複雑なガトリング機構を捨て、信頼性の高い連装20mm機銃の形に。一基ごとに追尾装置をつけるのは贅沢すぎるから、三基か四基をまとめて一つの光学+レーザーユニットで管制する。
「CIWSの弱点は弾切れ時の装填時間だけど、この連装型ならマガジン交換式で半永久的に射撃できる。まあ、装填手の体力が続く限り、だけどね」
考え始めると——キーボードを叩く指が止まらなくなってきた。
「そういえば、12.7cm速射砲も高いって愚痴ってたわね。対艦攻撃ならまだしも、対空用途に割り切るなら、こっちも同じ光学追尾システムを使えば劇的にコストダウンできる。これなら・・・赤城クラスに12.7cm速射砲8基、CIWS8基、連装20mm機銃16基は積めるわ」
射程8kmの12.7cm砲で敵の数を半分に減らし、射程1.5kmの20mm機銃で近寄る機体を蜂の巣にする。鉄壁の防御体制だ。
「・・・でも、やっぱりお値段が10分の1になっちゃうのよね。私の利益がぁ・・・」
「お嬢様、いい加減になさいまし!」
茜の雷が落ち、私は泣く泣く仕様書を閉じ、次の仕事へと取り掛かった。
「茜! 播磨や今治造船に通達された海軍の最新要求、見せてちょうだい!」
私の声に応じるように、茜が流麗な手つきで一束の書類を差し出した。午後のティータイムの穏やかな空気は、その書類が放つ気配に一瞬で塗り替えられる。
「はい、お嬢様。こちらが本年度予算に基づく発注計画の仔細でございます」
「どれどれ・・・大隅級強襲揚陸艦8隻、松級駆逐艦改良型16隻、小型空母16隻、中型空母8隻、大型空母4隻を発注するから準備せよ、ねぇ?」
書類をなぞる私の口角が、無意識のうちに吊り上がる。ニマニマという擬音がこれほど似合う表情もそうそうないだろう。現在、他の大手造船会社は大型民間船の建造にかかりきりで、急な軍需増産に対応できる余裕などない。だが、涼宮は違う。この日のために――というよりは、将来の独占的利益のために――巨額を投じてドックを増設し、最新設備を遊ばせておいたのだ。
「あら、さらに追記があるわね。何々・・・中型空母は半年、小型は三カ月、大型は一年で建造せよ・・・?」
「お嬢様、流石にこれは・・・海軍の要求が横暴に過ぎるのでは? 物理的な限界というものがございます」
茜が眉をひそめて心配そうに私を見る。だが、私は不敵な笑みを深くするだけだ。
「ふ、ふっふっふ。茜、甘いわね! こんなこともあろうかと、民間船の建造で鍛えてきたブロック工法と自動溶接技術、そして我が社の誇る最新ドックがあるのよ! 流れ作業で空母を量産して見せるわ!」
「お嬢様・・・。そもそも、これほど事態が切迫すると予想されていたのなら、軍の皆様に事前に教えて差し上げれば、もっと早くから準備できたのでは?」
核心を突く茜の問いに、私は唇を尖らせた。
「私だって、ここまで狂った開戦になるなんて予想外よ! 正直、今のアメリカ大統領は脳が腐ってるわ! ちょっと生意気な最後通告を突きつけられたくらいで即開戦なんて、頭がおかしいわよ!」
全くその通りなのだ。史実の日本もそうだが、もう少し冷静に交渉を粘れば、回避の道はあったはずだ。石油が買えないから真珠湾を奇襲してジャワの油田を奪おうなんて、どっちもどっちの狂気である。
「おっ! 朗報もあるわね。ようやく大和級以外にもミサイルの採用が決まったみたい!」
先日の西村提督によるスリガオ海峡での戦艦撃沈――ミサイルによる圧倒的戦果――が、ようやく軍上層部の重い腰を上げさせたのだろう。稼働中の戦艦を失った今、大艦巨砲主義の老人たちも黙らざるを得ない。今は航空主導の追い風が吹いている。
「ミサイルのコストダウンも効いたわね。射程と弾頭を当初(ハープーン相当)の半分に抑えてコストを30%カット。さらに量産効果で、一発あたりの価格を4分の1以下に落としたんだもの。航空機の価格が数倍に跳ね上がっている今、これなら採用の余地があるわ!」
「ですがお嬢様。以前、ご自身で作られたその、せっこいミサイルでは、大型艦にはあまり意味がないとおっしゃっていませんでしたか?」
「せ、せっこいって言わないでっ!」
「では、何と表現すればよろしいので?」
「ううう・・・」
適切な言葉が見つからない! 私はプルプルと震えながら、強引に話を逸らすことにした。
「現在の駆逐艦なんて、排水量3000トンもないのよ。そのサイズなら廉価版ミサイル一発で撃破できるって、西村艦隊が証明済みよ! それに、大型艦だってミサイルを食らえば、レーダーや指揮系統、射撃管制盤が真っ先に故障するわ。沈まなくても鉄屑に変えられるのよ! 空母以外の対艦戦闘なら十分な成果が期待できるわ!」
「なるほど。流石はお嬢様。見事な誤魔化しですわ」
「うるさいわね!」
茜の意地悪なツッコミに耐えていたその時、彼女が懐から一通の書状を取り出した。
「お嬢様、まだ続きがございます。外務省経由で、英国から我が社への発注分だそうです」
「イギリス? 何々・・・九七式戦闘機1000機、九七式艦上攻撃機1000機、九七式重爆1000機を追加購入・・・?」
文字を目にした瞬間、私の思考がホワイトアウトした。
「はあぁ!? 出来るかぁっ!!!!! 無茶言わないでよぉ!!!」
本日何度目か分からない私の絶叫が、涼宮邸の静かな午後を完全にダメにした。
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