67バトルオブブリテン
「貴様ら新兵にハッキリ言っておく」
「「「ハッ!!」」」
「貴様らはカスだ。前線では足手まといにしかならん。ゴミ同然の存在だ」
「「「ハッ!!」」」
怒号が響く臨時滑走路。中隊長は冷酷な眼差しで若者たちを見下した。
「今日より日本製戦闘機に乗って、ドイツ空軍との対決に従事してもらう。いいか、くれぐれも言っておく。足手まといの自覚をもって、我らスピットファイア戦隊の肉壁となり、祖国の為に死ね! 以上だ!」
――バトル・オブ・ブリテン。フランスをわずか一ヶ月で屈服させたドイツ軍が、いよいよ英本土侵攻を開始した史上最大の航空決戦。ドーバー海峡の空では、英国の誇り、スピットファイアと時代を先取りしたドイツの傑作機メッサーシュミットBf109が、連日血で血を洗う激戦を繰り広げていた。
その最中、日本から届いた九七式戦闘機の処遇が前線の議論の的となっていた。
「とてもじゃないが、実戦で使える代物とは思えん。今時固定脚の戦闘機など、博物館にでも放り込んでおくべきだろう」
中隊長は、滑走路の端に並んだ日本製の古めかしい機体――九七式戦闘機を冷笑とともに一蹴した。ドーバー海峡の空は今や、時速600キロに迫る高速機と、引き込み脚、そして重武装の機関砲が支配する戦場。そこに、まるで時代に取り残されたような足つきの機体が現れたのだから、現場の反発は凄まじいものだった。
「ですが中隊長、本当にいいのですか? 上層部からの通達では、スピットファイア二機に対し、日本製の機体を二機随伴させる混成編成で戦えと、厳命が出ております」
食い下がるのは、一ヶ月以上の激戦を生き延びてきたベテランの部下。しかし、中隊長は鼻を鳴らし、忌々しそうに吐き捨てる。
「そんな馬鹿げた命令を真面目に守ってみろ、俺たちベテランまで道連れに戦死してしまうわ! あの骨董品がスピットファイアの速度についてこれるはずがないだろう?」
「それは・・・確かにそうですが、それでは、あの機体に乗せられる新兵たちはどうなるのです?」
「おい、お前。新兵の命と、俺たち歴戦の搭乗員の命、どちらに価値があるのか分からんのか? それとも何か、貴様があの日本のガラクタに乗りたいとでも言うのか?」
中隊長の放った言葉は、冷酷な選別。新兵を旧式機とともに囮として使い潰し、自分たちベテランだけが生き残る――。その腐りきった思考を隠そうともしない上官の態度に、部下は言葉を失い、拳を握りしめることしかできなかった。
「・・・いいえ。分かりました」
そして、新兵が初陣を迎えた。
滑走路の傍らでは、日本が持ち込んだ最新鋭の移動式レーダーシステムが、巨大なアンテナを回転させている。不気味なほど正確に敵の接近を告げるサイレンが鳴り響き、スピットファイアと九七式戦闘機の混成部隊が、次々と夏の青空へ吸い込まれて行った。
高度を上げ、やがて肉眼でドイツ軍機の黒い点を目視したその瞬間、中隊長の冷酷な命令が無線を震わせる。
「新人ども! そのまま敵陣のど真ん中に突っ込め! 敵の隊列をかき乱すんだ!」
「「イエス・サー! 了解しました!」」
疑うことを知らない新兵たちの威勢のいい返信。それを見届けた中隊長の口元には、どす黒い笑みが浮かんでいた。
(フフッ・・・あんな骨董品で突っ込まれたら、さしものドイツ野郎も度肝を抜かれるだろうよ)
本来、レーダー誘導を受けた迎撃戦であれば、有利な高度を保ち、一撃離脱を繰り返して初陣を無難にこなさせるのが定石。しかし、彼は最初から新兵を導く気など毛頭もなかった。
「乱戦になれば、腕の差も機体性能の差も関係ない。運が良ければ、あのカスどもでも二、三機は道連れにできるだろう」
彼は新兵という生贄を敵のど真ん中に放り込み、自分たちは安全な高空から、混乱した獲物だけを美味しくいただくつもりだった。自身の撃墜スコアを伸ばすため、そしてベテラン勢のスピットファイアが傷つかないために、新兵の命を使い勝手のいい肉壁として冷徹に切り捨てた。
「カスの命の使い所としては、最高に贅沢な舞台だと思わないか?」
冷たい風が吹き抜ける高度五千メートル。一撃離脱のために操縦桿を握りしめる中隊長は、眼下で今まさに死地へと突入する足つきの戦闘機を、憐れみの欠片もない目で見つめていた。
・・・しかし。
「おかあさーん!!」
この歴史的空戦の幕開けは、あまりにも情けない絶叫だった。死への恐怖に顔を歪ませた新兵が、操縦桿を抱きしめるようにしてドイツ機の編隊へ突入する。必死にトリガーを引く指。けれど、翼内の12.7mm機銃は沈黙したまま。
「こ、故障か!? 出ない、弾が出ないよ!」
いぶかしむ余裕などない。死に物狂いでトリガーを絞り続け、機首を敵機に向けたその瞬間。
――ヴォォォォォォォォン!!
空気を震わせる重低音。一瞬だけ火を噴いた機銃弾が、まるで吸い込まれるように正面のメッサーシュミットを捉え、そのエンジンを粉砕した。
これが、スバル電子技術開発部が誇る計算された暴力の正体。九七式戦闘機の翼前縁に仕込まれた小型電探は、敵との距離、方位、そして未来の予測位置をミリ秒単位で演算していた。重力による弾道のドロップ、風向き、自機の速度による慣性・・・。
新兵がやるべきことは、HUDに浮かぶ円形のレティクルに敵を重ねることだけ。重なった瞬間、システムが必中と判断して火を放つ。本来なら高度な訓練が必要な見越し射撃を、この機体は演算によって新兵に無償で提供していた。
「し、死にたくないよぉお!」
さらに、情けない声は止まらない。乱戦の中、背後を取られた新兵のコクピットに全周囲警戒装置の警告灯が点滅。1km以上先で自分を狙う敵機を感知した彼は操縦桿を横に叩きつけた。
「ドイツ機に垂直機動で挑むな」――。その教訓を忠実に守った訳では無く、パブロフの犬の如く咄嗟に水平方向への急旋回を選択。すると、自動空戦フラップが動き、1,400馬力の怪力が超軽量な機体を鋭利な角度の急旋回へとなさしめる。
「あ! 目の前に敵機が!」
新兵は驚愕した。それが、たった今自分を殺そうとして背後にいた敵だということにも気づかぬまま、彼は再びレティクルを重ねた。
「・・・ターゲットをセンターに合わせて。撃つだけっ!」
この時代の航空機では、高度や速度に合わせてキャブレターや過給機を手動で調整するのが当たり前。けれど、この日本機はすべてが電子制御のフルオート。新兵は、操縦の苦労から解放され、ただ標的を追うことだけに全集中できる。
次々と火を噴き、堕ちていくメッサーシュミット。耐えかねたドイツ軍機は撤退を決意し、得意の上昇機動で戦場を離脱しようとした。しかし、垂直方向の性能でもドイツ機を凌駕する九七式は、あっさりとその上を取り、遥か高空から死の銃弾を振りまく。
ついに、ドイツの誇り高き鷲たちは悟った。あの銀翼の足つきは、旧式などではない。最高速度という数字上のスペック以外、何一つとして勝ち目がない・・・逃げる以外に生存の道はない、空の王なのだと。
一九四〇年八月十五日。史実において暗黒の木曜日と呼ばれるはずだったその日は、英国空軍(RAF)の、いや、日本がもたらした銀翼の怪物たちの独壇場となった。千機を超えるドイツ軍の猛攻に対し、わずか百機の日本機が、その倍以上の敵機を一方的に屠り去るという空前絶後の大戦果を挙げた。
基地に帰還した新兵たちは、興奮で顔を紅潮させ、自分たちを死地に追いやったはずの中隊長に駆け寄った。
「ありがとうございます、中隊長!」
「中隊長殿の的確な指示がなければ、私たちは全滅していました!」
「身を挺して囮になり、ドイツ軍の注意を惹きつけてくださるなんて・・・!」
「え? ま、まあ・・・ああ、そうだ。最初から俺たちベテランが敵の注意を惹きつける予定だったんだ。すべては計算通りだよ」
(よくもまあ、これほどスラスラと嘘が出るものだ・・・)
中隊長は自分自身の浅ましさに内心呆れ果てたが、もはや後に引くことはできない。保身と虚栄心だけが、彼の舌を滑らかに動かしていた。
しかし、実際の空戦記録が示す事実はあまりに衝撃的だった。――有効射程二百メートルの常識を覆す八百メートルの超遠距離から、正確無比な狙撃で次々と仕留めた。
全周囲警戒装置はあらゆる奇襲を無効化し、終わってみれば日本機の損害はゼロ。ベテランの乗るスピットファイアが狙われたのは、ドイツ軍が日本機よりはマシだと判断したため・・・つまり、性能差がありすぎて舐められた結果だった。
「明日からもよろしくお願いします! そういえば今日、僕も五機撃墜したんですが・・・もしかして僕、エースでしょうか?」
「バカ者! 五機くらいでエースになれるか! この部隊では百機からだ!」
ついつい口から出た無茶苦茶な出まかせ。
けれど、新兵たちは「さすが中隊長!」と目を輝かせる。
「そういえば、中隊長こそめでたくエースになられたのですね! おめでとうございます!」
皮肉なことに、彼は本当にエースになっていた。新兵たちがかき乱し、パニックに陥った迷子のドイツ機を、高空からコバンザメのように狙い撃ちにした。急降下で悲鳴を上げるマーリンエンジンを、持ち前の(性格の悪さを除けば)優秀な腕前で手なずけ、美味しいところだけを掻っ攫った結果。
「それにしても中隊長、敵の垂直機動、意外と大したことなかったような気がしますが?」
「大バカ者! あれは敵の罠だ! そうやって油断させておいて、次回の空襲で一気に殺りに来る欺瞞工作なんだよ!」
「そうだったのですか! ありがとうございます!」
「道理で敵が弱く見えたわけだ。危うく騙されるところでした! 中隊長がいなかったらと思うと・・・!」
感謝の言葉とともに、新兵たちが次々と深々と腰を折り、中隊長を崇め奉る。
(誰か、誰かなんとかしてくれ・・・!)
中隊長が助けを求めて視線を泳がせるが、事情を知るベテランの仲間たちは、冷ややかな目でスッと視線を逸らした。
こうして、各地で九七式戦闘機は大活躍を見せ始める。しかし、その性能が単なる腕の差ではなく、時代を数十年先取りしたぶっ壊れであることに英国が気づくには――二ヶ月の月日がかかった。
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