5お約束の脚気と青かび
今日は私の四歳の誕生日である。当主の一人娘の私は当然誕生パーティの・・・とはならなかった。この頃、未だ日本には誕生日を祝うという習慣がなかった。ついでに苺ショートケーキもなかった。ちなみにショートケーキは日本人の発明品である。意外過ぎる。
その代わりではないが、涼宮会というパーティが催された。これは一族と財閥の有力者一同を集めた懇親会である。幼少の私の参加は本来かなり先の筈だが、お父様の計らいで参加させられていた。将来の涼宮家の一翼を担う人材という認識だろう。
私はこの機会に歴女にとってお約束の脚気問題を解決しておこうと思った。
交渉相手はもちろん、お兄様♡。イケメンは見るだけでも心の栄養になるし、後日のBL妄想のリアリティーも格段に向上するので、間近で直接顔を見て話したい。
会場を探すと、幸い身長190cmの目立つお兄様は簡単に見つかった。
・・・ただ、親戚筋のご令嬢が取り巻き、近づけない。その人、妻帯者だからね? わかってる? 人の事はさておき、心の中で毒づく。
「おや、妹の鷹尾だ。少し失礼する」
幸い、お兄様の方から来てくれた。イケメンの妹も悪くはない。
「お兄様、どうされたのですか?」
「実は鷹尾に相談したい事があってね」
「・・・まあ、私なんかに出来る相談なら良いのですが」
まあ、幼女の私への相談なんて、たかが知れているというか、そろそろご令嬢方との会談が面倒になって、私をだしに使ったのだろう。私にとっても好都合である。
「脚気の原因って知っているかい?」
「ゲフンゲフン」
思わずせき込む。よりにもよって、先方から話題を振り出されてしまった。
と、言うか、蒼一郎お兄様は私を何だと思ってらっしゃる? 四歳の可愛らしい幼女だよね? そういう事は例のツートンカラーの従兄にお聞きになったら?
自分から切り出そうとした癖に、思わず拗ねてしまう。
・・・素直に話すか。
「一般的には未だに病原菌説が濃厚なんでしょ? でも、おかしいと思われませんか?」
「どんな処がおかしいんだい? 鷹尾? もう少し、可愛く言ってくれると嬉しいかな」
なんかムカついて来たから、幼女のていは捨てて、直球で言う。
「脚気は陸軍だけで起こりますでしょう? なら、何故海軍では起こりませんの? 病原菌なら、狭い軍艦の中の方が蔓延しやすい筈ですわ」
「確かに海軍では起きていないが、病原菌でなければ、何が原因だと言うんだ?」
「栄養じゃないでしょうか? 陸軍さんも海軍さんも戦時の食事は白米や麦飯の握り飯でしょ? おかずなんて、ほとんど出ないでしょ? それが原因です」
麦飯とは大麦を混ぜて炊いたご飯で、当然、白米より味は落ちるが海軍の常用食。一方、陸軍は白米の握り飯。海軍は経験則から栄養の問題、ビタミンB1不足を克服していたのである。
ちなみに日露戦争後の西暦1906年元海軍軍医高木兼寛が正式に脚気の原因をアメリカで発表し、西暦1910年に鈴木梅太郎が「オリザニン」として、世界で初めてビタミンB1の抽出に成功する。
「では、我が陸軍は海軍に後れを取っていると言うのか?」
「遅れてますわ。海軍さんは昔から遠洋航海で平時から逼迫した問題だったんですもの。面子なんてドブに捨てて、海軍さんに習って麦飯かビタミンB1・・・」
「ビ、ビタ? 何だそれは? お兄さんにもわかる様に説明してくれないかな?」
お兄様。そんな怖い顔で幼女に凄まないで下さい。三十路だった喪女の私が大人気なかったです。
「とにかく、栄養の隔たりが問題です。そして、海軍は以前から経験則でそれを知っていたんです。海軍の軍医さんにでも訪ねて詳しく聞いて頂ければわかりますわ」
「それが出来れば苦労はないんだよね」
つまり、しょうもない陸軍と海軍との縦割り組織が原因か。つまらない争いの為に、これから起こる旅順攻略の犠牲者が増えかねない。
「それは無理筋だぜ」
出たよ、ブラックジャック。
「そんな話は軍医部長の森林太郎辺りに蹴散らされる。俺も日清戦争後にその話をした事があるが、ヤツに潰された」
久しぶりに出たよネームド級偉人、森林太郎、いや、森鴎外と言った方がわかりやすいかな?
「成程、一樹君の言う通りだ。森先生が健在なうちは無理筋だ。だが、ありがとう鷹尾、一縷の望みをかけるべきが何処かハッキリわかったよ」
そう言って、西欧風のチークキスをして来た。思わずこわばる。
イケメンにいきなりチークキスなんてされたら、三十路の喪女は尊死してしまうから止めて下さい。
「無理だと思うがな。まあ、せいぜい頑張るこったな、お坊ちゃま」
「何よ、あいつ」
少々腹立たしく思えた。おかしいヤツだが、ここまで無礼なヤツとは思わなかった。
「そう言うな、鷹尾。あいつは子供の頃、母親を事故で無くしてな。怪我と肺炎の合併症だったんだ。それ以来、医学にのめり込んでいるんだ」
「・・・ペニシリンがあったら・・・な」
私は思わずつぶやいた。
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