28アナスタシア様の今後の動向
「涼宮鷹尾様、お話したいことがございます。わたくしも医者の身。姫様も政には疎いお方でいらっしゃいますれば、ぜひ貴女様のご意見を伺いたく存じます」
「十八の小娘に尋ねるような内容とは思えませんわ」
「貴女様が未来からお越しになった方であると承知の上で、お尋ねしております」
ポトキン老人の言葉に、思わず私は口を噤んだ。一体、どこからその情報が漏れたのか。一族の関係者やごく一部の人間しか知らないはずなのに。
でも、高木大尉などはノーチェックだったし、特に口止めもしていなかった。
よく考えてみれば、そこまで厳重に口止めはしていなかった。そもそも、こんな話を信じる方がおかしいのだ。
「何のことでございましょうか、わたくしにはわかりかねますが、できる範囲で姫様のお役に立ちたいと存じます」
「ありがとうございます。早速ですが、我々はどうすべきでしょうか? 既に皇帝陛下は退位され、ロシアはボリシェビキどもに蹂躙されております。せめて皇帝陛下をお救いできればと願っております」
「それは・・・不可能です」
「何故でございますか?」
「既に・・・皇帝陛下は・・・ボリシェビキによって銃殺刑に処されております」
老人の目が大きく見開かれ、そして、その場に泣き崩れた。史実では最後まで皇帝一家に付き従い、最後は共に生涯を終えるはずだった老人にとって、皇帝一家がどれほどかけがえのない存在であったかが、その姿から垣間見えた。
「まだ公にはされておりません。ですが、もし、私が未来から来た人間だと信じてくださるのなら、今は泣いている場合ではございません。次の行動に移してくださいませ。少なくとも、わたくしの知っている歴史では、アナスタシア様も貴方も、皇帝一家と同じ運命を辿っておられたはずなのですから」
「泣いて・・・いる時ではないと・・・この老人、皇帝陛下のご無念、必ずや・・・」
「皇帝陛下は、戦争に勝利するため、国民のために退位なさいました。皇帝陛下のためではなく、ロシア国民のためとお考えくださいませ。そうでないと、皇帝陛下の御意思を無碍にすることになってしまいます」
「わかりました。して、わたくしどもはどうすればよろしいでしょうか?」
私は少し思案した。自身の歴史改変計画にはない事態。ロシアのことは想定外なのだ。
「まずは戦力を集め、ハバロフスク地方と沿海地方を奪取してください。そこを橋頭堡として、まずは国力増強に励んでくださいませ。この二つの寒冷な地方に適した、ジャガイモや大麦、春小麦の種をお分けいたします」
「しかし、ロシア国内には皇帝陛下を慕う者たちが白軍として戦っております。彼らをどうすれば良いのでしょうか?」
「彼らにはアナスタシア様の生存と、皇帝陛下殺害の事実を伝え、シベリア方面に退避してもらい、戦力を温存させてくださいませ。彼らの軍勢を食べさせるためには、食料の自給が不可欠です」
「ですが、彼らの大半は欧州出身です。シベリアに・・・などと」
「過半数が脱落するかもしれませんが、アナスタシア様がこちらにいらっしゃる以上、ここを新たな拠点とし、将来はウラジオストクを中心に活動された方が良いと存じます。ボリシェビキは当分の間、混乱と内戦で大きな動きはできないはずですから」
史実では未だレーニンが指導しており、選挙に敗れたにもかかわらず、第一党を「反革命党」として活動を禁止するほど滅茶苦茶な状態だった。
ロシアとドイツはブレスト=リトフスク条約で一旦は講和していたが、第一次世界大戦後の休戦協定で1918年11月に失効し、その後シベリア出兵などで日本・アメリカ・イギリスによる対ロシア干渉の口実となり、国際情勢を複雑化させてしまう。
少なくとも、シベリア東部で帝政ロシアが踏ん張ってくれれば、アメリカや日本のシベリア出兵は少なくて済むだろう。既にチェコスロバキア軍団の反乱が起きているため、ぎりぎり史実にあった英米との協定を破る規模の派兵をせずに済むかもしれない。
「それと、アナスタシア様が正当な後継者だという、何か証はございませんか?」
「アナスタシア様が偽物だとでも仰るのですか? いくら貴女様でも無礼でございますぞ!」
「落ち着いてくださいませ。わたくしは未来の知識で、アナスタシア様のご尊顔を存じております。しかし、誰がアナスタシア様を本物だと信じることができましょうか? ほとんどの国の王室の方々も、アナスタシア様の素顔はご存知ないはずです。従って、誰もが本物だと認める証拠が必要なはずです」
そうなのだ。史実のアナスタシア伝説は有名だが、全ての自称皇女は全て偽物と科学的に立証されている。偽物がたくさん現れたのは、皇族の素顔などほとんどの人が知らないからだ。唯一の証人たる身近な側近も同時に処刑されてしまったのだから、当然と言える。
「ロシア帝国の象徴である大帝国冠(Great Imperial Crown)ならございます」
「それだけでは弱いかもしれません。貴方がご存知の限りで、アナスタシア様を公的に良く知る人物はいらっしゃいませんか? 例えば、貴方様のお子さんとか?」
「息子も、それほど何度も皇女殿下とお会いしたわけではございません。何より、一般人の話では信頼度に欠けるのでは?」
ちくしょう。正論だが、ロシアの歴史を思い出せ、と私は内心で呟いた。日本関連以外の歴史はそこまで詳しくないのだ。・・・そっか、マリア・フョードロヴナ様だ!
「マリア・フョードロヴナ皇太后様なら証人として十分ではございませんか? 確か革命後に英国のロンドンに渡られたはずです」
「マリア様なら、何度もアナスタシア様にお会いになっておられます。しかし、今はどちらに・・・?」
「それは私がお調べいたします。こう見えても日本の華族、というだけでなく、会社を経営し、海外に多くの支社を持っております。情報収集と、可能な限り、ロシア白軍の将軍たちにアナスタシア様ご存命の報を伝えます」
「何から何まで、ありがとうございます」
ポトキン老人にお礼を言われ、私はその手を取って励ました。しかし、私は一つの疑問を問いかけてみることにした。
「ポトキンさん。貴方はどうしてアナスタシア様を救い出したのですか? まるで未来が見えていたとしか思えません。貴方も未来の方なのでしょうか?」
「いえ、わたくしは違います。アレクサンドラ様のご指示です。何でも、あのラスプーチンの不思議な力で、アナスタシア様をシベリアへ財宝と共に送り出すことが、皇室にとって良い兆しとなると予言したのです」
「・・・なるほど」
怪僧グリゴリー・ラスプーチン。農民出身の彼が皇后アレクサンドラ・フョードロヴナに取り入ることができたのは、皇太子アレクセイが血友病患者だったためだ。心の弱さに付け込み、その不思議な力で皇太子の身体を癒すことができたと言われている。
そのラスプーチンが予言? 元々アナスタシア様は存命だったが、歴史の闇に飲まれてしまったということなのか?
いや、違うな。皇女は大帝国冠まで持たされている。
その後、ポトキン老人は最後に、とんでもないことを言った。
「アレクセイ様もシベリアの地でご無事だといいのですが・・・」
私は頭を抱えてしまった。一樹に血友病の治療薬、血漿を発見してもらわないと・・・。
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