26満州旅行とロマノフ王朝の埋蔵金
「お嬢様方・・・少々荒事になりそうだ。ここで待っていてくれ」
「賊か?」
「・・・。の、様だな、一応渡しておく。お前、銃の扱いは?」
「猟を少々。それに軍の小銃の扱いなら知識で知っている」
「上等だ」
相良さんは一樹に小銃を渡す。相良さんも兄様も怖い顔だ。
後で判明したが、私達を襲ったのはロシア赤軍、彼らとの邂逅は、この地で単に白軍を支援するパッケージを提案しようと思っていた私にとって、正に渡りに船と呼ぶに相応しい出来事だった。
だが、僅か3分の交戦後にもたらされた状況に、思わず兄様はうなり声と共に言葉を洩らす。
「いかん、手が足りない。村の方からと山沿いの両方から襲撃されている。…しかも後ろからもか!!」
そう言った瞬間、ガンって音が聞こえて、「うっ」という兄様の唸り声が・・・。
兄様は私に覆いかぶさって、こめかみから少し血が出ていた。
目の前に兄様の顔があって、こんな時なのにどきまぎする。いかん、今はそんな事を考えている場合じゃない!
元々が対テロ用に急遽準備した相良さん達だったが、正規兵にも対応出来る能力を有していて、事実上私達を警備するだけで無く、万が一村に何かあれば敵に甚大な被害を与える事が出来る筈だった。
(不味いな)
車内の空気を感じ、私は嫌な汗が流れるのを感じた。何しろ今回の策謀は私の歴史改変の要であると同時に、私が唯一命をかける正念場だったのだ。
突然の遭遇戦闘となった事も痛いが、何より村の位置が知れ、白ロシア軍を匿っていた村の存在が明らかになった事の方が問題だ。おまけに後ろからの増援が確かなら、私達の命は風前の灯火だという事だ。ならば兄様が一人援軍で行った位では戦況の変化など期待できない。
「…遺憾ながら、私も行って参ります」
「茜!?」
苦渋の決断を感じる茜の声と手に取っていた日本刀に私は悲鳴じみた声をあげた。
「お嬢様はここに居て下さい。私が必ずお嬢様だけは守ってお見せします」
その言葉を後にして茜は弾かれたように走り出す。その様子を呆然と見送っていた私も大声で叫んだ。
「スカートの中見えちゃうから気を付けてね!」
茜はいつものメイド服に着替えていた。こちらを見てにっこり笑った茜の顔に菩薩の様な慈愛を感じる。
茜は何処か他の使用人とは違うと思っていたが、もしかして、本当に忍者かもしれない。
早速、相良さん達の前に出て、刀で敵兵相手に血の雨を降らせている。
「お願い、みんな死なないで・・・。特に私!!」
ここを奪われれば私の計画にぽっかりと穴が開いてしまうのだから、当然の発言だよね? しかし、肝心の兵力差が如何ともしがたい以上、このままでは緩やかな自殺にしかならない。今の私達に正規兵数百に対抗できる手段はないのだから。
「どうした草野。何か問題か?」
はっきり言って悪い話だったら全然聞きたくないんだけどね!
「後方の敵、おかしくないか?」
思わず車から顔を出して後ろを見る。混乱しているのか報告がいい加減では何もわかんないでしょ?
見ると後からの軍勢は旧帝政ロシア軍の軍服を着ていた。
「あれは白ロシア軍ですわ!!」
後ろから迫って来て軍勢が赤軍に対して制圧射撃を開始すると、ほどなくして戦闘は終了した様だ。そして、一台のトラックから降り立った一人の少女を見て私は思わず息を呑んだ。
それはニコライ二世の娘、アナスタシア大公女その人だったから。
「もしかして、アナスタシア大公女様?」
ロシア語で話しかけた処、彼女の答えは「 Да(ダー)」
アナスタシア率いる白軍に掃討作戦を任せ、私達は村へ入った。
「この村の白軍の首謀者はアナスタシア大公女様だったのですか?」
「はい。わたくしがこの地の将です」
「他のご家族は?」
「わかりません。革命が起きた時、わたくしはペトログラードの屋敷を抜け出して、その」
「お忍びで外の世界を満喫してらした訳ですね?」
「お恥ずかしい話ですが、そうです。しかし、その際にこの者に攫われて来ました」
「エフゲニー・ボトキンと申します」
ちょっとしたネームドが出て来た。ロシア皇女アナスタシアさんは言うまでもないネームド、はともかくポトキン老人はプチネームド、彼はロシア皇帝ニコライ二世の腹心として知られ、皇帝一家処刑で命運を共にした筈だった。
ちなみに後日、彼の息子がニセ皇女を本物だと主張した話は有名で、アナスタシア伝説に真実味が帯びたのも、皇帝一家の顔を詳しく知っている者が皆無だったからである。
「わたくし共に戦う為の道具を融通して頂ける。それは誠の話でしょうか?」
「はい。日本華族、涼宮家の・・・いえ、日本人の誇りに誓って誓約します」
「具体的にはどの様な支援をして頂けるのですかな?」
「旅順やハルピンには我が家の特別な会社を通じて、世界中の武器を何でも用立てさせて頂きます。お近づきの印にドイツ、イギリス、アメリカ製・・・少々バラバラになりますが小銃や武器弾薬、トラック100両をお納め下さい」
「その後は有料という事ですか?」
「仰る通りです」
アナスタシア皇女はしばらくポトキン老人や他の軍人と話し、結論を決めた様だ。
「申し出に感謝致します。それに今後も支援をよろしくお願い致します。当面は寄贈された装備で戦いますが、その後の補給に関しても目途が立ちました、感謝します」
「お支払いですが、皇女様の財宝をこれに充てさせて下さい。それにこれを現金化する手伝いもお願いしたいのですが、如何ですかな?」
そう言って、ポトキン老人が指をパチンと鳴らすと、兵士の一人が重そうなトランクケースを運んで来た。
そして、それが開けられると、中には黄金色の塊、金かいが数本入っていた。
ひえ! ロマノフ王朝の埋蔵金だ!
「では、現金化の手数料は半分で如何ですか?」
私のがめつい申し出にアナスタシアさんもポトキン老人は顔をしかめるが・・・兄様、茜、なんであんた達までそんなドン引きしたかの様な顔で私を見るの?
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