22陸の王者 春季攻勢(カイザーシュラハト)
西暦1918年、大正7年、日本帝国陸軍の四個師団は、スエズ運河経由でイギリスへと渡った。ユトランド沖海戦での日英連合軍の快勝は地中海の制海権も奪取させ、ロシアに再び革命が起きてシベリア鉄道が使えないという状況が、この遠征を後押しした。ドイツの潜水艦隊がイギリス周辺で猛威を振るう中、日本軍の駆逐艦はソナーや電探を備えていたため、被害は最小限に抑えられた。ドイツ軍の間には「日本の国旗が掲揚された艦船には近づかない」という認識が蔓延し、ついには他国の民間船までもが日本の国旗を掲揚する事態にまで発展したほどだ。
アメリカの参戦が決定したことで焦燥に駆られたドイツ軍は、急遽、決定的な勝利を必要としていた。そこで彼らが考案したのが「春季攻勢」、別名「皇帝の戦い(カイザーシュラハト)」とも称される作戦だった。ドイツ軍は革命が起きたロシアと単独講和を結び、東部戦線から戦力を西部戦線へと移し、数的優位から英仏軍に致命的な打撃を与え、休戦に持ち込もうと画策していたのだ。さらに、ロシア軍ブルシーロフが用いた画期的な突撃戦法を改良し、「浸透戦術」を編み出した。これは、まるで万里の長城のごとく数千キロにも及ぶ塹壕群を突破し、後方に大打撃を与えることを目的としていた。この作戦のために、突撃銃(自動小銃)や戦車といった、浸透作戦に有利な兵器が多数揃えられた。
しかし、日本軍は「Opération Ultime Défense」と名付けられた、前代未聞の作戦を立案した。それは、わずか4個師団で攻勢に出たドイツ軍に対して、逆攻勢をかけるというものであった。その立案者は、言うまでもなく、涼宮蒼一郎少佐である。
秋山倫平中佐視点
「どうした、少尉。何か問題か?」
どう考えても悪い話だとひしひしと伝わってくるが、それが俺たちの役どころなのだろう。
「ほ、報告致します! 先ほどアミアンの鉄道拠点にて大規模な戦闘が発生! 味方フランス部隊に甚大な被害が出た模様です!」
その報告に、思わず眉を顰めた。いや、早い報告は大事だが、肝心なことが何も分からないではないか。
「少尉、落ち着きたまえ。その報告は何処から来た? 誰からだ?」
「は、はい。連合国軍総司令官、フェルディナン・フォッシュ将軍からであります! 至急アミアン方面の救援を乞う、と!」
「わかった。至急出撃準備だ」
総司令官自ら、つまりそれだけ大がかりで、わずか4個師団の我が日本軍を当てにしなければならないほど切迫した状況ということだな。この戦い、肝は負けないことだ。敵は必ず浸透戦術を使ってくる。対処は徹底した防衛戦術のみ。中でも俺たち機甲部隊は機動防衛の要となる。アミアンまで最も近い援軍は俺たち。そして、最も早くアミアンに到着できるのも、やはり俺たちだ。3式軽戦車、3式歩兵戦闘車、そしてトラックからなる部隊を急行させれば、半日もせずに接敵できるだろう。何しろ、俺たち機甲部隊の進撃速度は一日50kmは行ける。味方勢力圏内なら100kmは進めるのだから。
「いいか、俺たちに求められているのは、勝つことではない、負けないことだ」
一番重要なことだから十分に説明したつもりだが、部下たちは今一つ理解できていないようだ。
「大隊長。なぜ、我ら栄えある機甲部隊は必ず勝つと言ってくださらないのですか?」
「敵の戦術は浸透戦術・・・いいか、これは防衛の弱い一点を崩し、そこを突破口にさらに敵陣地奥へと進撃し、戦果を拡大するものだ。対抗策は素早い防衛網の構築だ。総司令官殿は我々にアミアン防衛を命じられた。今頃、アミアンの塹壕は突破され、さらに奥深く浸透するかのように進軍してくるだろう。我々は奴らを迎撃し、浸透を止める・・・だけではない、逆浸透するのだ」
「そ、それは?」
「危険だと言うのか? その通りだ。敵陣奥に突撃するのだから、当然孤立する可能性が高い。だが、敵も同じだ。敵にできて、我ら日本軍にできないとでも言うのかね?」
「い、いえ。必ず中佐のご期待に沿えるよう尽力します!」
「うむ」
二時間後、駐屯地を出撃した我ら第一機甲師団はアミアン近郊に到着していた。
「よし。村上少尉、井筒少尉、相手の戦車の性能は頭に入っているな?」
「はっ! もちろんです」
「私も大丈夫です。行けます」
即座に返ってくる小隊長たちの言葉が頼もしく感じながら、俺は大きく息を吸った。
「戦車の性能は大したことはない・・・が、戦車砲を喰らったら一発だ。油断するな」
出所は分からないが、涼宮少佐が手に入れた敵戦車の性能をもう一度確認する。速度は整地で15km、不整地なら8km。不整地でも20km出せる我が軍の3号軽戦車の機動力の敵ではない。だが気になる点が二つ。武装に関して言えば、我が軍の37mm砲に対して57mm砲。装甲に関しては、前面9mmしかない我が軍に対して、敵は前面30mm。火力や装甲は敵軍が有利、と言うより運用思想が異なる装備の激突だ。火力と防御に極振りした重戦車と、機動力を重視した軽戦車。正直、やり合うには嫌な相手だ。
「敵の戦車の機動力は貧弱だ。唯一、主砲が厄介だが、幸いこちらの方が速度がある。常に動いて距離を取って対処する。訓練通りだ、いいな?」
「「了解!」」
二人が返事をすると同時に、履帯の騒音が激しくなる。緊張にやや身を強ばらせながら、慎重にアミアンの鉄道拠点付近まで移動する。バイクによる偵察では、敵戦車は3両。塹壕殲滅のために歩兵部隊を同行しているから、味方の歩兵との連携も重要だ。接敵したら、歩兵戦闘車の歩兵に敵歩兵を黙らせる制圧射撃を加えさせて、一気に接近して叩いてしまおうというのが俺の出した結論だった。何しろ、火力や装甲が厚いとはいえ、全長8mのでかぶつだ。接近してしまえば、こうも見晴らしが良ければ的にしかならない。
今日こそ、我ら機甲師団の力を見せつけてやる。そう意気込みながら進軍を続けると、村上少尉から連絡が入った。
「右手方向に爆発痕跡を確認! 新しいです!」
右手への移動指示を出すべきか逡巡していると、唐突に後ろの塹壕で爆発が起きた。
「クソ! こんなところまで入り込んでっ!」
そう悪態をついて井筒少尉が右手方向に旋回、その背を無防備に林へと晒した瞬間、砲撃の音が聞こえてきた。
「井筒少尉! 後ろだっ!!」
村上少尉が叫ぶが、それはあまりにも遅かった。わずかな林に潜んだ敵戦車は57mm砲を発砲し、旋回中で機動力を封じられた井筒少尉の戦車付近に着弾する。
「井筒少尉!」
「村上少尉、左の林に突撃する。避退行動を忘れるな!」
「はいっ!」
有効射程を確保すべく敵に接近する。敵の砲が動いて、こちらに狙いを定めてくる。わずか一分、相対距離500m、射撃管制装置に火を入れる。そしてそれは正しく使用された。
「いけっ!」
先に射線に入った村上少尉の戦車は、味方陣地に着弾するのも構わず、主砲の引き金を引いた。事前に聞いたレポート通りであれば、陣地内の兵士たちは間違いなく全員戦死しているからだ。林からMP18突撃銃を手にした敵歩兵がこちらに向かって制圧射撃を試みるが、仮にも戦車である我らの進撃を止めることはできない。そうしているうちに、歩兵戦闘車の兵士たちが3年式突撃銃を発砲し、銃弾が彼らに襲いかかる。ドイツ軍のサブマシンガンMP18に対して、日本軍の3年式突撃銃は装弾数十五発、口径7.7mmの自動小銃。面制圧火力は同等だ。
「よし。撃てっ!」
戦車を一旦停止し、射撃を開始する。海軍の射撃装置と同様、自動追従ということになっているが、海軍のそれが電気油圧式で砲を自動操作するのに対して、軽量化のため自動化は見送られ、射撃装置の出力する数値に合わせて砲の旋回や仰角を手動で合わせる必要がある。
「至近弾!」
俺たちの砲弾はわずかにそれて、敵戦車の履帯を破壊したようだ。
「真っすぐ進め!」
「左手ではないのですか?」
「林を横から眺めたい。もう一台くらい隠れている可能性が高い」
「了解!」
激しい爆発音が聞こえる。村上少尉の砲弾が、敵戦車の前面装甲に直撃したのだ。だが、村上少尉の戦車付近にも砲弾が着弾する。
「どこからだ!?」
「奥です、中佐!」
通信士の軍曹の言葉に従って視線を送れば、林の奥にもう一台、ゆっくりと移動する目標の姿があった。よく見れば、林の少し高い位置へ移動しているように見える。
「よし! 射撃開始だ!」
主砲弾がもう一台の目標に向かって飛んでいく。そして今度は初撃が着弾した。
「よし!」
移動したことで前面ではなく、側面を突けたので37mm砲でもかなりの損傷だ。目標は初弾で砲塔内に問題が生じたのか、砲が動かない。想定通りの進捗状況に満足し、さらに射撃を続ける。二発、三発、そして四発目で目標の装甲は貫かれた。爆発音の後、井筒少尉も加わって、村上少尉と二両で最初の目標に37mm砲を浴びせ続けた結果、遂に最後の目標も破壊された。
緊張が解けて車内の部下にねぎらいの言葉をかけながら、敵戦車を見れば、破孔は一か所に集中しており、車内は爆発して全壊していた。後で村上少尉と井筒少尉も称賛しておかないとな。わずか一か月の特訓の成果としては上々だ。
「57mm砲は当然としても、30mmの前面装甲は厄介ですね」
「機動力に注視しすぎたのが仇になったな。装甲が薄いと、これほど頼りないとは」
騎馬兵で騎馬兵を撃破するという戦術はあるが、戦車のそれと比べると戦略的価値に大きな違いがある。敵に戦車がいる場合、真っ先に叩くべきは戦車だ。騎馬兵と違い、重厚な装甲を持つ戦車は機動力だけでなく、動く要塞、陸の戦艦という意味があった。さらにバイクによる偵察を行ったものの、繁みや小さな林に潜まれると、かなり厄介だ。対戦車戦を考慮に入れて、バイクという索敵手段が重要であると涼宮少佐は言っていたが、実際のところ、やってみなければ分からない点が多い。
だが、今回の一回の戦闘を経験しただけでも、敵の発見は格段にやりやすくなるだろう。バイク偵察部隊には地形の報告もさせなければならない。もちろん、隠れそうなところは双眼鏡などで逐一確認する必要がある。これまで当たり前だった牛歩の進みの塹壕による散開戦術と違い、索敵の重要性はさらに増した。何せフランスはインフラが整い、進軍速度は速い癖に、隠れる場所にも事欠かないのだから。
「厄介な相手だ。残念だが一度仕切り直す。一旦後方まで下がるぞ」
「味方の塹壕が狙われませんか?」
「かといって、一旦戦術を見直さないで戦う方が危険だ。相手は俺たちの師、ドイツ軍なんだぞ? 何をしてくるか分からん」
「確かに」
そう言って俺たちは遮蔽物の少ない道を選んで後方へ移動した。奇襲をしにくくするだけでも、機動力の低い相手にすれば厄介だろうという判断だ。
「この戦い、勝てるのでしょうか?」
「勝負に絶対はない。だがそれでもあえて言おう、この作戦は必ず成功させる」
俺はそう言い切った。戦いはそもそも、戦う前にどれだけ情報を正確に集めたか? そしてそれに従い、どれだけ勝つ準備ができたかで決まる。その意味では、今回の作戦は涼宮少佐の知識というアドバンテージのおかげで、はるかに楽な状況で迎えられている。おそらく敵方は、突然現れた日本軍の軽戦車に大混乱を引き起こしているだろう。そもそも戦車対戦車という事態を想定していないのは明らかだ。
その日に夜は酒盛りになった。
「村上少尉は俺をなんだと思っているんだ? それからお前たち、大いに飲んで笑え。作戦は長い、多少のハメは外さないと、張り詰めてばかりでは保たないぞ?」
そう言っている途中、皆が笑いながら「了解」と言い、敬礼を返してくる。俺は信頼できる良い部下に恵まれたと実感できた。
1918年4月、世界で初めての戦車対戦車の戦いが生起した。この戦いで日本軍は、アミアンを主攻するドイツ軍に逆侵攻、浸透作戦を展開し、ドイツ軍の補給線に甚大な被害を与えた。
この戦いで、日本機甲部隊指揮官・秋山倫平は、Landkönig、「陸の王」と敵軍から称された。
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