21戦士の顔 春季攻勢(カイザーシュラハト)
涼宮蒼一郎は、鷹尾と一樹のことを思い出し、喉の奥で笑い声を立てた。敵対する立場にある者が、彼らを慮るなど許されない。ましてや、鷹尾の暗殺計画を脳裏に抱く私が、そんな感情を抱く権利があるだろうか?
「私を愚弄しているのか? 少佐」
その問いに、私は首を横に振った。
「そのような意図はございません。ただ、妹のことを少しばかり思い出しまして。それよりも、どうか、堅苦しい態度は御無用です、中佐」
中佐の瞳に、深い疑念の火が灯る。 無理もない。格上の中佐である彼に対し、私は一介の少佐。だが、私が財閥の御曹司であり、殿下の旧友であることは軍部内の周知の事実だ。私の存在自体が、彼のような叩き上げには「不気味な特権階級」に映るのだろう。
「ご酩酊なさっているのですか?」
「・・・・・・まさか」
応接室のソファへと促すと、納得のいかない表情で中佐もそれに続いた。
「清水大佐を凌駕する力・・・私のような若造がそんなものを持っているとは信じがたい、と。そう仰りたいのでしょう?」
中佐の顔が目に見えて強張った。 ようやく掴みかけた再起の糸口が、突如現れた「財閥の坊ちゃん」にすり替わったのだ。不安にならないはずがない。
「中佐のことは、事前に調べさせていただきました。官軍時代から生粋の騎兵として、連隊長も経験され、騎兵戦術に関する論文も数多く執筆されている」
私を見つめる中佐の眼差しは、私ではなく、遠い過去の栄光を映しているかのように虚ろだった。そんな彼を気にすることなく、私は話を続けた。
「しかし、五年前の落馬事故により、あなたは騎兵としての道を閉ざされた。さらに、現代戦においては騎兵の価値は低下の一途を辿り、教導官としての道すら失われ、騎兵そのものが過去の遺物と見なされるようになっていった」
中佐はわずかに俯いた。表情は読み取れないが、その心中は痛いほどに察せられた。
「その後は、随分と荒れた生活を送られたようですね。補任課への転属願いを出した際の動機は、『傷ついた身でもお国のためにできることならば』と。その割には、昼間から酒臭いことで有名だったとか」
「・・・う、る・・・さい」
「とどめは日露戦争での機関銃の登場。愛した騎馬兵団は縮小の一途だ。不快ではありませんでしたか? 己の存在、己の信念が、まるごと否定されるのは?」
私が話を終える前に、テーブルに拳が叩きつけられ、中佐が私の胸倉を掴んだ。参謀次長を手で制しながら、私は努めて平静を装った。
「ほう。騎兵というのは、腕力もなかなかのものですね?」
「少佐。貴様が最低な人間だということはよく分かった。俺を嘲笑うためだけに呼び出したのか? 参謀本部というのは、随分と暇なところらしいな!」
激昂する彼を、私は冷ややかに観察する。
「それだけ激昂しても発作が起きない。・・・どうやら、精神を病んでいるという噂は杞憂だったようですね」
「何だと?」
「ご存知の通り、我が帝国陸軍は欧州へ派兵されることになりました。それに伴い、部隊編成を根本から見直したのです」
――もっとも、見直しをさせたのは、鷹尾から聞き出した『未来の情報』のおかげなのだがな。彼は心の中で自嘲気味に付け加えた。
「想定される戦場フランスでは、ドイツ軍は必ず浸透戦術を用いてくるでしょう。この戦術への対抗策として、機動防御戦術が有効であるという結論に至ったのですよ」
私の襟首を締め上げていた手の力が、ふっと緩んだ。 彼は知っているのだ。古い散開戦術だけでは勝てないことを。その上で、己の愛した騎兵が蹂躙される現実を誰よりも危惧していた。 やはり、この男は生粋の軍人だ。有能すぎて、かえって疎まれたのだろう。
「旧態依然とした軍人に必要なのは、装甲と砲を備えた『機動自動車』・・・つまり戦車です。塹壕など、鉄の馬で踏み潰せばいい。それができるのは、あなただけだ」
「・・・俺に?」
「あなたの騎兵戦術は、そのまま戦車機動戦術に転用できる。陸の覇者が誰であるか、その身で証明してください。鋼鉄の騎兵として」
中佐は完全に手を離し、肩を震わせていた。
「一ヶ月です。その間に部下を叩き直し、戦車大隊を率いて最前線に立ってもらいたい」
溢れそうになる涙を堪えるように、彼は一度顔をそむけ、それから――弾かれたように姿勢を正した。
「失礼いたしました、少佐!」
「中佐。貴殿の方が上官です。最初に言ったように、そんなに畏まらないでください」
それでも彼は、完璧な敬礼を解かなかった。 そこにはもう、酒に溺れた敗残者の面影はない。絶望に打ちひしがれていた男は、今、最強の戦士へと脱皮したのだ。
その男の名は、秋山倫平。 『日本騎兵の父』秋山好古を父に持ち、『日本海海戦の英雄』秋山真之を叔父に持つ、稀代のサラブレッド。
後世の歴史小説『坂の上の雲』において、二番目の主人公のモデルとしてその名を轟かせることになる男の、これが新たな「伝説」の始まりだった。
彼が指揮する現代の鋼鉄の騎馬のスペックは以下の通り
3号軽戦車
全長, 4.30 m
全幅, 2.07 m
全高, 2.28 m
重量, 自重6.7t
速度, 40㎞
主砲, 九四式三十七粍戦車砲<赤外線探知機半自動追従射撃管制装置搭載>
製造所, 株式会社スバル
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