19ユトランド沖海戦
1914年、世界を巻き込む大戦が勃発し、英国は遠く離れた島国、日本にも参戦を求めてきた。史実ではドイツ領南洋諸島の占領に留まった日本だったが、この世界線では英国の要請に応じ、1915年から戦艦四隻を基幹とする十隻の遣欧艦隊を派遣したのである。
1916年5月30日、大英帝国はドイツ大海軍の出撃を察知する。北海は、嵐の前の静けさに包まれていた。
「壮観ですな。GFは」
旗艦「筑波」の艦橋で、山屋他人中将は、水平線に連なる巨大な影を見上げ、静かに呟いた。ド級戦艦28隻からなる大艦隊は、まさに圧巻の一言に尽きる。
「全くだな。ド級戦艦28隻からなる大艦隊なぞ、我が国では望むべくもないな」
隣に立つ鹿屋砲術長も、その威容に感嘆の声を漏らした。
「……しかし」
山屋中将の目に、強い光が宿る。
「ああ、我が日本海軍の底力を見せつけてやるさ」
遣欧艦隊の陣容は、以下の通りだった。
巡洋戦艦:筑波、生駒、鞍馬、伊吹
駆逐艦:山風、海風、楢、榎、浦風
補給艦:一隻
英国は当初、日本が誇る金剛級巡洋戦艦四隻の派遣を熱望したが、日本軍が差し出したのは、旧式と評せざるを得ない前ド級巡洋戦艦四隻だった。これには、英国が憤慨するのも無理はない。日本は、第一線の戦力を温存したのである。
しかし、一度派遣されたからには、英国の期待を上回る働きをし、来るべき日英同盟の結束を強固にする事が、彼らに課せられた使命だった。
本来ならば、日本の巡洋戦艦部隊は、俊足の巡洋戦艦部隊を率いるビーティー提督の艦隊に配属されるべきだった。だが、現実には、ジェリコー提督率いるグランドフリート主力部隊の後方に配置された。それは、彼らが戦力外と見なされていることを示唆していた。
山屋中将は、この地に赴任したばかりの頃の屈辱を思い出していた。
「半年前の屈辱が思い出されるな」
――――――――――――――――
「……以上が、我が軍の全容です」
半年前、ビーティー大将に謁見した際、彼は露骨に不愉快そうな顔で問いかけてきた。
「山屋中将、確かに貴殿らの持ってきた新兵器は驚愕に値するが、まともに戦えるのかね? こんな戦力で?」
政府から事前に通達はあったはずなのに――。山屋中将は、ぐっと拳を握りしめた。「我が軍の有する巡洋戦艦部隊はド級戦艦と同等、あるいはそれ以上の戦果を挙げてご覧に入れます」そう言いたいのを、彼は必死に堪えた。
「君達にはスカパ・フローに行ってもらう」
「……承知いたしました」
それは、事実上の戦力外通告だった。そして半年後、ようやく彼らに名誉挽回の機会が訪れた。ドイツ軍の動きを察知し、この戦い始まって以来、初めての大規模な艦隊行動が発令されたのだ。
「後ろの方から眺めるのは壮観ですが、これじゃ戦果が挙げられませんよ」
鹿屋砲術長が、不満げに呟く。
「いや、本体は戦艦だ。我が艦隊は巡洋戦艦部隊だから、いざという時は船足にものを言わせるさ」
山屋中将は、そう言って不敵に笑った。
「山屋中将の言う通りになるといいのですが」
山屋中将と鹿屋砲術長の意気は高かった。だが、果たして戦果を挙げる機会があるものか、否か。何しろ、遣欧されて以来、半年にもなるが、GF主隊は「艦隊保全主義」を貫き、日本艦隊はスカパ・フローを出る事すらままならぬ状況だったのだ。
戦いは、互いの偵察部隊である巡洋戦艦部隊同士の砲門が開かれるところから始まった。15時25分、英国ビーティー艦隊はヒッパー提督率いる巡洋戦艦部隊を発見。ここに「南走」と呼ばれる戦闘が開始され、直ちにGF主隊も急行した。
「我が軍の水上機の偵察の成果が出るかもしれませんね」
鹿屋砲術長が、期待を込めて言った。
「ああ、例え砲火を交える事が叶わぬとも、せめて敵艦隊発見の栄光に預かりたいものだな」
この時、敵艦隊発見どころか、戦局の重要な役割を果たすとは、誰も思っていなかった。
その後、ビーティー指揮下の第2軽巡洋艦戦隊の軽巡洋艦が、ドイツ軍主隊であるシェア提督の艦隊を発見した。ビーティーはドイツ主隊をジェリコーのGFの眼前に引きずり込む為に反転し、北上を始めた。
「何故ジェリコー提督は陣形変更をお命じにならんのだ?」
山屋中将が苛立ちを隠せない。
「敵艦隊の方位や進路情報が無いためではないでしょうか?」
「水上偵察機からの情報は未だか?」
山屋中将は、艦隊に搭載されている水上機が僅か四機に過ぎない点に、物足りなさを感じていた。
「どうやら、偵察の際には索敵線を密にする必要があるな」
だが、数分後、「生駒」の偵察機から、驚くべき敵情報が入電する。
「直ちにGFに報告! お待ちかねの敵艦隊情報だ!」
艦隊司令ジェリコーは慎重な性格で、正確なドイツ艦隊の位置と針路の情報の連絡を入手できず、艦隊の陣形変更などの決定に時間を要していた。史実では、ビーティーの艦隊からの情報が10分も遅れ、ドイツ艦隊主隊を叩く絶好の機会を逃す事態となる。その上、ビーティー艦隊の巡洋戦艦インディファティガブルとクイーン・メリーが轟沈するなど、戦術レベルでは敗戦と言う形で終結するのだ。
「日本軍巡洋戦艦KURAMAより入電、我が艦隊より南西二万、針路九〇度、速力二〇ノット、戦艦16隻含む敵主力艦隊発見」
「何!?」
「どういうことだね!?」
ジェリコーは驚愕の声を上げた。
「日本軍は水上機からの情報と発信しています」
ジェリコーは、日本軍が旧式な前ド級戦艦を派遣してきたことには何の興味も持ち得なかったが、その搭載水上機には目を見張っていた。空からならば、簡単に敵艦隊の位置が把握できる。
慎重な提督が、大胆な決断をした。西に向かいながら陣形変更を行ったのだ。
ドイツ軍主隊シェアは、自分達がまんまと罠にハマったことに気が付いた。目の前には、巨大な英国GFが迫っている。このままではT字戦法を決められ、甚大な被害をもたらすだろう。シェアは正しい判断をした。旗下のヒッパー巡洋戦艦部隊をGFに突撃させたのだ。
ヒッパーの艦隊は、ビーティー艦隊と激しい砲戦を二度に渡り交わした為、まともな戦闘ができるのは「モルトケ」のみ。後に言われる「死の騎行」である。
史実では、ヒッパーの時間稼ぎにより、ドイツ艦隊は一斉回頭を成功させ、離脱に成功する。
……しかし。
日本艦隊の雪辱の機会が巡ってきた。
「全艦突撃!」
山屋中将の号令が、北海の空に響き渡る。
「両舷全速! 取舵いっぱーい!」
電探より敵艦隊の位置関係を素早く察知した日本艦隊は、ヒッパーの巡洋戦艦部隊に向かって突撃を始めた。
「全艦射撃準備」
「射撃準備良し」
「艦隊統制射撃始め」
「うちーかたーはじーめー」
独特なイントネーションで発せられた射撃開始の号令は、ドイツ軍前衛艦隊の「モルトケ」に集中した。そして、僅か数分で鉄くずへと化し、五分後には大爆発を起こし、轟沈した。
「艦隊統制射撃」とは、複数の艦、すなわち四隻の日本軍巡洋戦艦が同一の射撃諸元を共有し、目標に対して最も効果的に火力を集中するための射撃管理・指揮システムである。つまり、日本の戦艦一隻の主砲が敵艦一隻を指向するのではなく、四隻分の主砲十六門が全て敵艦一隻に指向し、狭い散布密度で十六発の砲弾を降り注ぐのである。
更に、残る三隻の巡洋戦艦も、鉄の底に沈むのにさほど時間を必要としなかった。
回頭中のシェアの艦隊は、ジェリコーのGFの戦艦28隻の集中砲火を浴び、大損害を受けた。
「君はどう思うかね?」
ジェリコーが、隣に立つ部下に問いかけた。
「日本の旧式戦艦についてですか?」
「その通りだ。ほかに考えられることはほとんどない」
部下は、深く息を吸って答えた。
「彼らはただの時代遅れの戦艦ではありません。日本海軍の砲術の正確さは我々の艦隊を上回っています。いや、それだけではない、彼らは明らかに艦隊火力を集中させて統一的な射撃を行っています」
「うむ、合格だ。我が国は彼らの師と自覚しておったが、弟子から学ぶべきものがあると気づかされた。何より彼らを侮っていた点は、英国人として恥ずべきことと認識しておる」
この戦いにおいて、水上機による偵察の重要性が確認されたが、日本艦隊の正確な射撃精度については様々な議論が為されたものの、正確な射撃の所以は不明だった。練度の問題か? それとも?
それが、スバル製「艦隊統制射撃システム」に起因するものと知る者は、誰もいなかった。
英艦隊損害
巡洋戦艦:インディファティガブル、クイーン・メリー、インビンシブル
その他11隻沈没
ドイツ軍損害
戦艦:フリードリヒ・デア・グローセ、ケーニヒ、グローサー・クルフュルスト、オストフリースラント、テューリンゲン
巡洋戦艦:リュッツオウ、モルトケ、フォン・デア・タン、ザイドリッツ、デアフリンガー
前ド級戦艦:ポンメルン
その他30隻沈没
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