紅茶と小テスト
黒木さんによると、ネストの扉が開くのは日没の30分前、しかも1分間だけなのだそうだ。
川底の穴は1分しか開かず、また川の水ごとネストに流れ込むという乱暴な仕組みのため、入口専用で一方通行である。
「アキ君は連絡受けてたから、防御壁作動させなかったけどね、さすがに扉に挟まれたら死ぬと思うよ?」
パックの紅茶を上下させながら、黒木さんがにこやかに話す。
くりくりと良く動く瞳が、自分に注目しているのに気づいた大二郎が、砂糖つぼに伸ばした手を止めた。
「えっ?おれですか?!」
「君は何者なの?三回まわってワンと鳴いてから10秒以内に説明して」
「はぃ??!」
うろたえる大二郎は助けを求めてアキに視線を走らせる。
アキはニヤニヤして紅茶をすするばかり。
「大二郎様、通過儀礼みたいなものですから、気にしないで下さい」
さらに狼狽した大二郎に、高槻が助け船を出した。
見ると黒木さんが可笑しそうに笑い出していた。
「はい合格。ごめんね、ほんとに獲得者か試したんだ」
けらけらと笑う黒木さんを見て、唖然とする大二郎。
それを見て、黒木さんとアキがまた笑った。
謝りながらも申し訳なさが全く伝わらない。
この二人は似た者同士に違いない。
大二郎はこころのなかでひとりごちて、ずるずると紅茶をすすった。
ごく一般に出回っている紅茶だったが、味はまあまあだった。
「さーて、新入りいじめはまあこの辺にして、と。」
黒木さんがお茶菓子(チョコクッキーだった。)の残りを口に入れて席を立った。
「あれ、自覚はあるんですね。」
高槻がのんびりと突っ込み、黒木さんのこぶしが飛んだ。
「ふたりとも、ようこそネスト本部へ。うちの施設を案内するね。」
「ふぉ、本部?」
大二郎が口にクッキーを頬張ったまま訊き返した。
黒木さんがおやまあ、という表情をしたのを見たアキが、説明を加える。
「ネスト、ってのは、まあ地下組織みたいなもんだっていったろ?このあたりにはざっと、4つのネストがあってだな。おれはその支部のひとつから来たんだよ。」
ふううんとうなずく大二郎に、まだ何か説明しようとするアキに、黒木さんが割って入った。
「ちょっと、日が暮れちゃうよそんなん。百聞は一見に如かず、とにかくこっち来なさい。」
黒木さんは、二人を巨大な冷蔵庫の前まで引っ張っていった。
そして、未だにテーブルで紅茶を飲んでいる高槻に向かって、目で合図をした。
高槻が穏やかに微笑しながら、テーブルの上の電気ポットの給湯ボタンを押した。
熱湯が、テーブル上に勢いよく噴射…されることは、なかった。
黒木さんが冷蔵庫の巨大な取っ手をグイと引くと、さらに地下へと続く階段が現れた。
2人は黒木さんについて、階段を下りた。
降り際に、大二郎がテーブルのほうを見ると、頬杖をついてモニターをぼーっと眺める高槻がちらっと見えた。
「おーい、置いてくぞーずぶ濡れワンコー」
大二郎は慌てて二人のあとを追った。後ろで重々しく扉が閉まった。