打ち身
「ぶつかったら、なんて言うんだ?え?おっさん」
若い男が繰り返した。
サラリーマン風の男は、気弱そうな顔をさらに青くしていた。
しかし、相手を睨みつけるだけで、口を開こうとしない。
見守る群衆が息を詰めた。
ずっと向こうのホームの端から、駅員が人をかき分け走ってくるのが見えた。
が、間に合わない―
若い男が、ぷっと唾を吐いたかと思うと、あっという間に距離を詰め、掴みかかった。
その時、誰かが大声を出した。
掴みかかった男が、ぴたっと静止した。
「誰も、おれに、近寄るな!!!」
今度は、聞き取れる声で、サラリーマン男が叫んだ。
刹那、ホームが凍りついた。
次の瞬間、声が爆発した。
パニックになった人の群れが、サラリーマン男から離れようと改札に殺到した。
群れに押し流されまいと、大二郎は必死に抵抗した。
一瞬、男の顔を視界にとらえた。
真っ青になりながら、その口元はひきつった笑いを浮かべていた。
大二郎は、和服を着たおばさんに胸を突き飛ばされ、もんどり打った。
顔だけをあげると、群れの流れからはずれており、ホームの端に背を丸めて立っているサラリーマン男がはっきりと見えた。
悲鳴に交じって、何か電車のアナウンスが流れていた。
突き飛ばされた胸がどぐんどぐんと痛み、大二郎はせき込んだ。
誰もかれもが、耳を塞ぐか、とにかく大声をあげながら走りまくっていた。
かすかに、電車の音が聞こえた。
再び、大二郎が男を見たときだった。
スイカくらいの大きさのものが、男の頭を横殴りに直撃した。
男はその勢いで真横に倒れこみ、線路に落ちて見えなくなった。
ぶわっと、風が巻き起こって、電車と一緒に駆け抜けていった。
大二郎は相変わらずどぐんどぐんという音を聴いていた。
電車が通り過ぎたあとも、
だれも、近寄らなかった。
ふっと息をすうと、突き飛ばされた胸がひどく痛かった。