ヤキソバパン
大二郎は、美原の走り去った方を呆然と眺めていた。
感染者は、抗体獲得者の命令を絶対にきく?
にわかには信じられない思いだった。しかし、先程の美原とのやりとりを思い出すと、本当のように思えてくる。
待てよ、と言った大二郎の言葉に、美原は立ち止まった。大二郎は何も意識せずに発した言葉だった。
逆らえなかったのだろうか?
逆らいたかったのだろうか?
今の大二郎には、知る術がなかった。
大二郎はのろのろと向きを変え、グラウンドへと歩き始めた。
もはや食べる気も失せたヤキソバパンの袋がぶらぶら揺れた。
磯田がさっきの場所で、さっきの格好のまま空を見ていた。
大二郎は自分を鼓舞して、努めていつも通りに磯田の肩を叩いた。
「よ、おまたせ。ヤキソバパン食う?」
磯田が大二郎とヤキソバパンを交互に見た。
「なんでだよ。お前が食いたくて買ったんだろうが」
大二郎はちょっと狼狽した。一瞬、先程の出来事を洗いざらい話してしまいたい気持ちになった。
磯田と視線が合った。
瞬間、その気持ちはどこかへ言ってしまった。
暗い目だった。
平素陽気な光を宿す男の目とは、信じられないくらいだった。
「なんか…磯田元気ない気がするんだよな、だからさ、これ」
ごくんとつばを飲み込んだ。
食えよ、というところだった。
それも命令になるのだろうか?
磯田は黙って目線を落としていた。
沈黙が気まずくて、大二郎がふと目を上げた。
すると、グラウンドの反対側から歩いてくる人影が小さく見えた。
それが誰かがわかったとき、大二郎は動揺した。
土屋!
美原の言葉と、今朝の土屋との会話が、激しく脳内を駆け巡った。
大二郎はカバンを引っつかむと、立ち上がった。
「わり磯田、やっぱ腹痛いから今日は帰るわ!」
磯田は怪訝そうな顔をしたが、低く「ああ」と言った。
大二郎は、平静を装いながら、かつなるべく早足で、グラウンドを抜けた。
通りに出ると、大二郎は振り返った。
土屋が磯田に近づいていくのが見えた。
磯田は、俺が抗体獲得者だと土屋に言うだろうか?
土屋は磯田に、あの話をするだろうか。
不安が押し寄せる。
磯田は、信じるだろうかー…
大二郎はかぶりを振って、道を歩きはじめた。
明日、磯田に話そう。
友達じゃないか。
不意に、後ろのほうでドーンと大きな音がした。
振り返ると、グラウンドから土煙が上がっているのが見えた。
大二郎はしばらく呆然と眺めていたが、やがてまた頭を振って歩き出した。
遠くで雷が鳴っていた。
一雨ありそうだった。