表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

嘘だろ


「超人ウイルス。」


大二郎は、トーストにマーガリンを塗る手を止めた。

テレビでは、どのチャンネルでもそのニュースをやっていた。同じ内容が、繰り返し繰り返し放送されていた。


―昨日より、急に超人的力のついてしまった人が増大しています。東大の岡崎教授によりますと、これはウイルスの仕業である可能性が高く、すでに今朝までに都内では9割の人が感染したとみられています。あまりに唐突な力のため、混乱が広がっておりー…


「世も末だな。」

と、父親がコーヒーをすすりながらコメントした。どんなニュースを見たってそう言うのだが。


がっしゃんと大きな音がして、大二郎は振り向いた。キッチンでは母親が、へし折れたフライパンを手に、しょぼくれた顔をしていた。

「またやっちゃった。どうしてもまだ慣れないわね。ちょーっと角にぶつけただけなのにね~」

大二郎が何も言わないうちに、リビングに高2の妹、桂子が顔を出した。

「お父さん、車、表に持ってきといたから。」

「ありがとう桂子。どこも壊さなかったか?お父さんは昨日、車ずらそうとしてドア凹ませちゃったんだよ」

桂子はちょっと楽しそうに答えた。

「たぶん大丈夫。ね、ほんとわくわくするよね。なんかマンガのヒーローみたいだもん。ほら」

ジャンプすると、らくらく天井に触ってみせた。

「やめなさいよ、桂子。はしたないでしょ。」

母親がたしなめた。が、桂子はちょっと唇を突き出してみせただけだった。


桂子がリビングから出ていくと、父親が新聞を畳みながら言った。

「さすがに子供は新しいものに慣れるのが早いね」

桂子が何をやっても、こう言うのだが。




大学につくと、大二郎はまず掲示板を見に行った。

掲示板には、思ったとおりの張り紙がしてあった。それを読んでいると、土屋がすぐそばに現れた。土屋は学科1番の秀才だった。

「おはよ、土屋」

「おはよう。せっかく君が遅刻しなかったってのに、実験は休講、とは残念だね?」

大二郎は、皮肉っぽい言い方に苦笑いしながら、

「まったく残念だ。うっかり顕微鏡叩き壊そうと思ってたのに」

と答えた。

土屋は、やや眉を動かして、大二郎の顔を見つめた。

「そうか…じゃあ、知ってるか?」

「何をだよ」

土屋は急に声を落とし、大二郎は耳を寄せた。

「この世界的な超人ウイルスの蔓延は、感染してないやつらの陰謀だってことをさ」

は?と大二郎が土屋の顔を見た。

土屋の目には、言葉の効果を楽しんでいる色が浮かんでいた。

そして聞いてもいないのに、べらべらと話し始めた。

「僕は反対組織(レジスタンス)を立ち上げるつもりなのさ。もう何人もが僕に賛同してくれてる。君の困惑も無理ないが…このウイルスの秘密を知ったら、僕に賛同してくれることだろう。」

そしてまた、大二郎の目を覘く。

「知りたいか?」

大二郎は気がついた。こいつは朝からここにいて、このお楽しみを、掲示板を見に来た学生一人一人に仕掛けているに違いない。大二郎が何か言おうと口を開きかけたとき、土屋がしっと言った。

誰かの足音が聞こえた。

「この話はまた今度な。」そう言って土屋はウインクし、足早に去って行った。


「あれ、大二郎じゃん」

ひょっこりと磯田が顔を出した。

「磯田…20歳にもなったオトコがオトコにウインクなんてするか?普通」

「え?されたの?お前好かれてるんじゃないの」

大二郎は寒気がした。

「冗談やめろ」




2人は、グラウンドの端の芝生に座って、パックの紅茶を飲んでいた。

「暇だな。」

大二郎がつぶやいた。

「ああ。だけどみんな自分の力で遊ぶことに夢中だよな。」

グラウンドには、大きな穴がいくつもあいていた。サッカーのゴールは小さく折りたたまれていたし、植木も何本か引っこ抜かれていた。

「磯田は、遊ばないのかよ?」

「おれ昨日さんざん試したから。おかげでだいたい何ができるかわかったし、力加減もつかんできた。」

なるほど、と思いながら、大二郎は何か違和感を感じていた。それが何かはわからなかった。

あーあ、と大二郎は伸びをした。

「なんで俺には感染しないんだろうな。素行が悪いからか?」

ははと自分で笑ったが、磯田は

「わからん」

とだけ答えた。なにか物思いにふけっているようだった。

場が白けたついでに、大二郎は何か食うもん買ってくる、といって立ち上がった。

磯田はまた、生返事を返しただけで、ぼーっとグラウンドを見ていた。





生協で総菜パンを買っていると、外の自販機をひっくり返している高校生たちが2,3人目に入った。近くの高校の制服だった。

パンを買って、外に出ると、同じ学科の美原が、高校生たちに注意しているのが見えた。

「ちょっと、やっていいことと悪いことがあるでしょ?子供じゃないんだから、そのくらい自分でわかりなさいよ!」

美原は少し気が強いことで有名な空手部副主将だった。

高校生たちは、注意を素直に受け止められなかったようで、美原に掴みかかった。

あっという間に、美原の鉄拳が飛ぶ。

ひとりが10mも吹っ飛ばされたが、タフなことに、起き上った。

そして、頭を使ったらしく、3人は美原を取り囲むように散らばった。


いくらウイルスに感染した美原でも、3人相手には分が悪いに違いない。

大二郎は考えた。

誰かいないかと見回すけど、休講となった大学の閑散としたこと、この上ない。

1人が美原に吹っ飛ばされてる間に、2人が美原の両腕をつかんだ。


動くしかない。ほんとはやだけど。…こういうのはヒーローがやるもんだ。



「おい、お前ら…女の子一人いじめて楽しいか?」

3人の顔が、一斉にこちらを向いた。

ああ、ほんとやだけど。

「そいつを離せ。」

ダメもとで、どこかのヒーローのセリフを口にした。

すると、意外なことに美原を捕まえていた2人はおとなしく美原を離した。

美原も、高校生も、ぽかんとして大二郎を見ている。

一番わけわかんなかったのは大二郎だったが、大二郎はこの機を逃さずにたたみかけた。

「行けよ。高校生はおとなしく受験勉強してろ」

高校生たちは、不思議そうな顔のまま、校門から出て見えなくなった。


わけがわからないが、不良から女の子を守ったのだ。当然お礼の一つもしてもらえるもの、と美原を振り返った大二郎は、まさか疑惑と不安のまなざしに会うとは思ってもみなかった。

「田代…くん。まさかあなた感染してないの?」

大二郎は、なんでそれがばれたのかはわからなかったが、気圧されて頷いた。

「なんかあっさりで助かった。おれ、そんな強そう?」

冗談のつもりだったが、美原はにこりともしてくれなかった。一層白くなりながら、大二郎をにらみつけている。

「じゃあ、土屋くんの言ってたこと、本当なのね?」

「陰謀がどうとかいうやつ?あんなばかばかしいこと…」

「ごまかさないでよ!!抗体を持ってる人の命令には、私たちが背けないようにしたんでしょ!」

きーん、と言葉が耳に響いた。

なんだって?

だからあいつらもおとなしく従ったってのか?

そんな馬鹿な。


完全にヒステリーを起こした美原が、きびすを返して走り始めた。

「待てよ美原!」

美原が止まった。

こっちを向かないが、泣いているのがわかった。

「ごめん、撤回。待たなくていい。よかったら教えてくれないか…」

大二郎が言い終えないうちに、美原は走り去っていた。



「うそだろ…。」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ