初任務
「おはよー!ひよこちゃん達!」
黒木が爽やかに声を張る。
「おはようございます…。」
「俺もひよこなんすか。」
不満げな二人の声に、黒木がなぜか満足そうにうなづく。
「私から見ればみんなひよこちゃんなの。かわいいかわいい」
その時、高槻がワゴンをカラカラと引いて登場した。さながら執事。
「おはようございます、みなさん。朝ごはんですよ」
出汁のいい香りが、指令室中に広がった。
ぐうう、と大二郎のおなかが鳴った。
湯気の立つのご飯、具のいろいろ入ったお味噌汁、皮がカリッとした焼き魚に、パリっと漬けられた根菜。これらが次々とメンバーの胃に収まっていった。
「はああ、落ち着くう、この朝ご飯!」
お茶を飲みながら、アキと大二郎が同時に幸せのため息をついた。
黒木が、お茶のお代わりを所望しながら微笑んだ。
「でしょう、ごはん食べなきゃなんもできないのよ。そして」
にっこり。すがすがしい笑顔。
「働かざるもの、食うべからず。任務よ」
ゴゴゴ、重たげな音を立てて扉が開いた。
湿った空気を感じた。
薄暗い通路は、水が滴る音にあふれていた。
開いた扉で、水路をふさいでいるらしい。足元をちょろちょろと水が流れている。
「ここは出口専用なの。」
細身の女性が、すたすたと水路に踏み出す。
オペレーターをしていた、菊田と呼ばれた女性。
「ほら、早く出なさいよ。」
切れ長の目がイラついたように細められる。
アキと大二郎は、恐る恐る水路に踏み出し、菊田に続き、高槻が最後に降りる。
水路を直角に横切ると、反対側にもう一つ、横穴がぽっかりと開いていた。
覗くと、上り坂になっている。
全員が横穴に入ると、重い音が響き、扉が動く…と、同時に、目の前が激流の壁で覆われた。
向こうから開けない限り、こちらからは入れない。
「お城の跳ね橋とかお堀みたいだな。」大二郎が感想を漏らすと、菊田がフンと言った。
「当たり前でしょ。こうでもしなきゃ基地の意味なんてない。だいたいあんたね、舐めすぎなのよ。死ぬわよ」
菊田は機嫌が悪い。
それは出発する前の一悶着によるものだったのだが。
「そう言われても…」
嫌だった。菊田の腰にちらっと光る物に目がいく。鈍く光るそれは、ハンドガンだった。
獲得者のメンバーは、外に出る際、武器の携行が義務付けられる。それを知ったのは、今朝だった。
「おれは要りません。殺し合いしに行くわけじゃないんですから!」
そんなものを持っていたら、敵だとアピールしているようなものだ。
家族は、友達は、敵じゃない。
大二郎の反論の粘り強さに、黒木は根負けしたようだった。
駄々をこね続ける子供を見るような、心底困り顔をしていた。
「自己防衛が基本なんだよ。菊田や高槻は大抵守ってくれるだろうけど…どうしようもなくなったとき、君を切る決断をするかも知れない。それはわかるね?」
結局、大二郎は丸腰に近い状態で、死んでも捕まっても誰も恨まないと誓いを立てて外出を許された。
「ったくホント、こんな奴基地に入れるべきじゃなかったのよ。」
ぶつくさ言う菊田を、高槻がまぁまぁ、となだめる。
「黒木さんも認めたわけですから。言い合いはこの辺にしましょう」
二人ともが口を閉じ、4人の足音だけがただ響いた。
地上へと続く道を、大二郎は憮然とした気持ちで進んでいった。