ロスト
ニホン地図。
目の前にどでかいニホン地図…
赤色に彩られた、ニホン地図が現れた。
赤い模様の合間を縫って、小さな小さな緑のポイントが、各地に数か所点滅している。
「わかるかな?わんこ君。ここがウチのネストだよ。ミタカはここな」
大二郎は目で頷いた。
「いまや99%のニホン国民が感染者なんだよ~。」
山田が、遠い目をしながら間延びした調子で説明を始めた。
感染は、全体に一時的混乱を引き起こした。最初はみな、モノを壊したり怪我をしたりしていたが、慣れが混乱を収めていった。この数日、感染は新たな人類の力として極めてポジティブにとらえられていた。
しかし、感染者と獲得者の関係‐支配と服従‐が明るみに出ると、突如として”陰謀説”が世間に広まった。
「土屋…。」
大二郎が思わず呟き、3人の目が自分に集中するのを感じた。
「おっどろいた~。なーんにも知らないくせにそこだけ知ってるの?」
みちるが下からのぞきこんだ。好奇心が彼女の眼を燃やす。
「同級生だったんですが…」
大二郎は頬を掻いた。
「ダチだったのか?」
アキが、なんとも言えない顔で大二郎を見ている。
大二郎は、その顔の意味を察した。
「いや、むしろ苦手な部類だった。…迫られたし」
くっと、場の空気が緩んだ。
山田が声も出さずに腹を抱え、アキは後ろを向いて吹き出した。
みちるはキラキラした顔をし、不可解極まりなかった。
大二郎は、なごんだ場を感じながら磯田のことを思い出していた。
生来、冗談が好きな友人の顔を、声を。
(磯田は、いつもこういう気持ちだったのかな)
思案をかき消すように、ビーッという警告音が響いた。
「ミタカネストから緊急信号を受信!!」
先ほど菊田と呼ばれた女性が甲高い声で告げた。
「モニター室に連絡。全班警戒レベル2に引き上げ。菊田、音声回せる?」
にわかに騒がしくなった指令室の中、みちるの通る声が飛ぶ。
「やってみます…あっ」
警戒音が消えた。
静まり返った指令室のモニターからは、緑の点がひとつ、少なくなっていた。
「…ミタカ、ロスト」
痛いほどの沈黙の中、みちるが黙とうした。
山田らが続く。
大二郎は、アキの横顔を盗み見た。
見た瞬間、見なけりゃよかったと後悔した。
今起こった事を飲み込みきれないままに、大二郎は俯いて、アキの震える拳を見ていた。