表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

変化は突然に

疑うことと信じることをテーマにして、書きたいと思います。

チャララララン ラン♪


いつもの音楽が、元気よく流れる。


このタイミングなら、イケる。そう確信した大二郎は、走る速度を上げた。

ドアは、背後で閉まった。

狙い道理に滑り込んだ電車の中で、大二郎は大きく息をついた。

朝のこの時間、出社するひと、通学の学生で車内は混み合っていた。ダッシュで息が上がった大二郎は、なるべく静かに息を整えた。汗が背筋を伝うのを感じた。


しかし、この密度はすげーよな。毎日思うが。

たとえばありんこが、サイコロキャラメルの箱の中にこの密度で入っていたら、絶対密度ストレスで死ぬだろう。


隣のメタボ確実なおじさんが、片手で手すりをつかみ、四半分に折った新聞を片手に持って読んでいた。

実に器用だ。

4つ目の駅で、出る人の波に押され、いったんホームに降り、脇によけて待つ。

また乗り込む。さっきのメタボおじさんは降りたらしく、大二郎はそのスペースに落ち着いた。


やれやれいつも1限のやる気がそがれるんだよナー。

と、手すりにつかまろうとして、大二郎はぎょっとした。


手すりは、人の手で握ったような形にへこんでいた。


大二郎は思わず、窓の外にさっきのおじさんを探した。しかしすでに電車は走りだしたあとで、ホームの人ごみの中に彼を見つけることはできなかった。


まさかな。なんか俺には計り知れない事故でこうなったに違いない。うんそうだな!


人は信じられないものを見たとき、それに変な理屈をつけて無理やり理解しようとする、もしくは見なかったことにしてしまう。

しかし、目の前のゆがんだ手すりは、いやでも大二郎の視界に入ってきた。



「また寝坊かよ、大二郎。春は過ぎたぞ」

磯田がにやにやした。

「ちげーよ。今日は余裕で起きた。」

大二郎は結局次の駅で降り、1本あとの電車にのった。溜息がでて仕方なかったからだ。


「じゃあなんで1限来なかったんだよ…。いい加減おれの素晴らしい代返もバレるぞ。」

「大丈夫だろ。あのセンセ名前呼ぶ時こっち見ねーもん」

「いやそこじゃなくて、植田とかが笑うんだよな、俺が声色変えて返事すると」


そりゃばれるわ。ほんといい加減でないとまずいな。

はーっとおもくそ溜息をつくと、磯田がまたにやっとした。


「2限空きだろ?スロットでもしに行くか?」

「や・・・金のかかんねーことしよう」

大二郎は前日、G1で大いに負けていた。

「じゃキャッチボールでもするかあ。貧乏くせ。」

はははと、磯田は笑った。が、もと高校球児のこの男がキャッチボールをつまらないとは思っていないことを、大二郎は知っていた。


2人は管理人にグローブとボールを借り、グラウンドに出た。

女子大生の一団が、脇を通り過ぎていく。

レポートどこまでやった?あたしまだまだなんだよね。

カマの掛け合い、探り合いを繰り広げながら、騒がしく2号館のほうへ消えていった。


いくぞー と声が遠くから聞こえ、大二郎はあわてた。

いつもは近い距離から始め、だんだんと遠くから投げるようにしていくのだが、すでに磯田は70mほど離れた所から手を振っていた。

「大丈夫かー最初っからそんな飛ばしてー!肩痛めるぞーはお前のセリフだろ――!?」

大二郎が叫んだが、磯田は軽く笑って、投げるモーションに入った。

磯田の手から放たれたボールは、いつもどおりにー…いやいつも以上に、あっという間に距離を縮めた。

予想を超えるスピードだった。大二郎はグローブで受けたが、衝撃がビリビリと手に伝わった。

レーザービームだ。

驚く大二郎に、続いて磯田の声が届いた。

「な---?!今日すげー調子いいんだ―――!お前が昨日競馬でコケてよかった――!」

大二郎は苦笑いして、このやろーと磯田めがけて投げた。

しかし元々ノーコンなうえにやけくそだったので、かなり右のほうに暴投してしまった。

これは追いつかない、後ろに抜けてしまう。悪いなと言おうとして、大二郎は不自然な光景に言葉を失った。


磯田が、土煙りをあげて走っている。あっという間にボールの落下地点に入り、捕球した。

それはウサイン・ボルト並みのスピードだった。



「ていうか、おかしいだろ。お前。調子いい、で片付かねーよ。」

グローブを返し、学食でラーメンを食べながら、大二郎はつっこんだ。

「うん、今日で自己新を60mも塗り替えたぜ。ちゃんと見たか、おれの勇士を!!」

ぱきっと音がして、磯田の手の中の箸が2本とも折れた。

新しい箸を持ってまた向かいに座ると、さすがの磯田も、少し不安そうな顔をしていた。

「確かにちょっとおかしいな。おれどうしたんだろ。」


あの後、2人はどんどん距離を広げ、キャッチボールを続けた。結果、磯田の球はグラウンドの対角線の端から、端のグローブに、正確に吸い込まれていった。


ずるずるとラーメンをすすって、しばらく2人とも黙っていた。

大二郎は、不安そうな磯田を励まそうと口を開きかけた。

すると磯田が思いついたようにこういった。

「おれ、超人になったのかも?!」


こいつの心配はするまい、と大二郎は思った。



2人はラーメンを食べ終わり、食器を返却口へ運んだ。

「あの、すいません。箸、折っちゃいました。ごめんなさい。わざとじゃないんです」

磯田が律儀に謝った。学食のおばさんはまたかと言った。

「なんなの、もう。今日は学生のクーデターなの?」

大二郎と磯田は、顔を見合わせた。

いわく、箸を折った人は磯田で13人目らしい。

パートのおばさんは、ちょっとしかめつらしい顔をしたが、許してくれた。





その日の午後には、大学全体が異変に気付き始めていた。

大二郎たちの3限の授業では、シャーペンや、作りつけのイスなどを壊してしまう学生が続出し、挙句先生はチョークを残らず砕いてしまい、板書を諦めるしまつだった。授業中、ひっきりなしになにかが壊れる音がしていた。


隣の教室では、異変に騒ぐ学生たちを鎮めようと教卓をノートで叩いた教授が、そのまま教卓を真っ二つにしてしまったという。



「なんかこう、急に力がついたみたいなんだよな。力加減がわかんねーってか、自分の力がどんくらいだったかわかんね」

3限後、2人でベンチに腰かけて、磯田が天を仰いだ。

大二郎は隣でケータイをいじっていた。

「他にもかなりそういう奴いるみたいだな。ネットのニュースでも大騒ぎだ。」

「やっぱそうか。ちょっと見せて」

大二郎はケータイを差し出したが、磯田は受け取ろうとせず、目を細めて画面を見つめた。

「なんだよ、ちゃんともって見ろよ」

磯田はちらと大二郎を見た。

「やだね。お前に触ったらツキがおちる」

「おまえな…!」

「ジョーダン。怖くて触れねーよそんなん。絶対壊しちまう」


いつもに似合わず真剣な声だった。




その日、今年初めてのセミが鳴いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ