第83話 潮騒にまぎれて──セリアの日記より
【潮騒にまぎれて──セリアの日記より】
港町エスパーダに着いた日。
潮の香りが、どこか懐かしくて、私はふと目を細めた。
「魚が食べたいなぁ」
カールが呟いた一言から、すべてが始まった。
リアナもエミリーゼも、なんだかんだ言いながら同行を承諾し、なぜかルゥまでが「ルゥも行くのだ!」と勢いよく吠える始末。
こうして、私たちは揃って海へやってきたのだった。
だけど、町は活気がない。
原因はすぐに分かった。
海に現れた巨大魔物「シードラゴン」。
それが暴れているせいで、漁ができず、魚も獲れないらしい。
……なら、やることは一つ。
カールは静かに剣に手をかけた。
「行こうか。みんな、準備はいいか?」
私はうなずいた。風の精霊が、いつでも呼応するよう、心を澄ませて。
翌朝、私たちは小舟で海へ出た。
水面は嘘みたいに静かだったけれど、胸の奥にずっとひっかかる気配があった。
——重い。湿った魔力。
それが、海の底からじっとこちらを見ていた。
「来るわ」リアナが言った、その瞬間だった。
水柱が弾け、それは姿を現した。
目の前に現れた巨体は、想像を遥かに超えていた。
波の向こうにそびえる黒い影。
鋭い眼光、軋むような咆哮。牙のひとつひとつが、まるで剣のよう。
これが——シードラゴン。
「くるぞ!」カールが剣を抜いた。
その気配に応じて、私の風も高鳴る。
「風よ、刃となりて我が敵を裂け──《翠刃乱舞》!」
私は空を蹴った。跳躍し、風の剣をまとって竜の首元を斬り裂く。
リアナの雷が、エミリーゼの炎が、それに続く。
だけど——
「でかすぎるのだーっ!!」
ルゥの叫びが聞こえた。
そうよね、あなたにとっては山に等しい相手だもの。
でも、彼は逃げなかった。
小さな体で、カールの肩を蹴り、シードラゴンの顔面へ飛び込んだ。
「がうううっ!!」
彼の小さな牙が、魔物の目元をかすめる。
それだけなのに、魔物は一瞬ひるんだ。
「……やるじゃない、ルゥ」
思わず笑みがこぼれる。
だけど、そこからが本番だった。
シードラゴンの咆哮が空を震わせた。
高波が立ち、空が曇る。
嵐のような暴風と共に、シードラゴンが渦を巻く。
「カール、あれ……来る!」
「わかってる!」
全力の一撃が来る——その時だった。
ルゥが前に出た。
ちっぽけな体を張って、魔物に向かって吠えた。
叫びじゃなかった。あれは、祈りに似ていた。
風が揺れた。雷が轟き、炎が唸った。
そしてカールの剣が、全てを貫いた。
その刹那、静寂が訪れる。
波が止み、風が凪ぎ、海が光に包まれた。
——私たちは、勝ったのだ。
港に戻ると、町の人々が歓声をあげてくれた。
笑顔、笑顔、笑顔。
その夜、焚き火を囲んでみんなで魚を焼いた。
カールが嬉しそうに魚を炙り、ルゥが目を輝かせていた。
「うまいのだっ!!」
「そりゃそうだろ、ルゥの働きのおかげでもあるからな」
エミリーゼがふっと笑い、リアナが頷いた。
私はその輪の中で、空を見上げた。
今日の空は、少し泣きそうなくらい澄んでいた。
私の日記に、こう書き残しておく。
カールと過ごす日々は、確かに戦いに満ちているけれど。
それでも私は——この時間が、かけがえなくてたまらない。
そして、あの小さな狼。
ルゥもまた、私たちの大切な仲間だって、心から思えた。
「ありがとう、ルゥ。あなた、今日……本当にかっこよかったわ」




