第81話 海に咆哮するもの──フェンリルと三人の少女
【海に咆哮するもの──フェンリルと三人の少女】
「肉もいいけどさ……たまには魚が食べたいんだよな」
カール=キリトの何気ない一言から始まった、今回の旅。
王都ルメリアから遠く離れた港町エスパーダへ、彼は三人の少女と一匹を連れて旅に出た。
セリア=ルゼリア=ノルド 氷の魔法剣士。
リアナ=クラウゼ。魔法学士の令嬢にして天才魔術師。
エミリーゼ=ルゼリア。王女にして炎の魔導剣士。
そして、もう一人——いや一匹。
「海ってでっかい! わぁああ! しょっぱい風っ!」
金色の毛並みをなびかせ、港町の桟橋を駆け回る小さなフェンリルの子狼、ルゥ。
かつて魔獣の森でカールに救われて以来、忠実な仲間として彼の傍にいる。
「ルゥ、こっちに来なさい。落ちるわよ」
「だいじょーぶ! お魚とるのだー!」
セリアが苦笑し、エミリーゼが興味深そうにルゥの頭を撫でる。
リアナもどこか楽しげに、カールに言った。
「魚を食べに来たはずが、まるで遠足ですね」
しかし、港の空気は思いのほか重かった。
漁師たちは口を揃えて言う。
「……出られねぇんだ、海にな」
「シードラゴンが漁場を荒らしててな。奴が来てからというもの、船が戻らねぇ」
海に潜む巨大な魔物、雷と海流を操る災厄の竜。
それが、この港を沈黙させていたのだった。
「それじゃ魚は……」
「食べられないのだ!?」
「うむ、これは……絶対に倒さなきゃだな」
カールが立ち上がる。セリアが剣を構え、リアナは魔導書を手に取る。
そして、ルゥも胸を張って吠えた。
「ルゥも、がんばるのだっ!」
翌朝。彼らは小型の船で沖に出た。
波は穏やかだが、海の底から何かが脈打つような不気味な魔力が漂っていた。
「感じる……これはただの魔獣じゃない」
リアナの眉がひそめられる。
突如、黒雲が渦巻くように現れた。
稲妻が轟き、海面が大きくうねる。
「来た!」
水柱が天に昇り、その中から現れたのは、全長数十メートルに及ぶ蒼き竜。
海流を巻き込み、雷を纏って咆哮する海の覇者——シードラゴン。
「全員、展開するぞ!」
「了解ッ!」
カールの号令とともに四人と一匹が海上へと飛び出す。
セリアは剣を握りしめ、波上を駆ける。
「斬り伏せる!」
剣技《風牙斬》。
渦巻く海風を刃に変え、シードラゴンの首筋を薙ぎ払う。
エミリーゼは空中を跳び、剣に炎をまとわせた。
「《紅蓮焔舞》——!」
炎の爆発が雷鱗を焦がすが、すぐに雷のバリアが展開される。
シードラゴンの尾が船を叩き潰し、飛沫が天を覆った。
「——行かせない!」
リアナの詠唱が完了し、五重結界の陣が海上に展開される。
ルゥが前へ跳び出した。
「がううっ!」
小さな体に似合わぬ速度で、雷光の渦を駆け抜ける。
目にも止まらぬ速さで竜の右目を引っかき、怒りを買う。
「よくやった、ルゥ!」
カールが剣を掲げ、全身の気を集中させる。
雷の奔流が彼に降り注ぐ。
だがその中心、黒衣の剣聖はなお立ち続けていた。
「——これが、“剣聖”だ」
一閃。
波が割れ、雷が斬れる。
シードラゴンの片翼が海中に崩れ落ちる。
「あと一撃……!」
だが、そのとき。
シードラゴンが海に潜った。
……そして海全体が、“動いた”。
「来る……海底から、全魔力を放出してくる!」
リアナが叫ぶ。
「それなら、私たちの力を一つに——!」
エミリーゼが、セリアが、リアナが。
そしてルゥが、全ての力を一つに集束させる。
空に魔法陣が浮かび上がる。
「《四連・焔雷氷剣撃陣》——展開!」
エミリーゼの炎、リアナの雷、セリアの剣風、ルゥの咆哮、そしてカールの剣。
全てが一点に集まり、海を裂く光と化した。
——その瞬間、海は静かになった。
漁師たちは再び海に出られるようになり、町には魚と笑顔が戻った。
「うまい……これだ。やっぱり炭火で焼いた魚は最高だな」
焚き火のそばで、カールが魚を頬張る。
セリアとリアナ、エミリーゼがそれぞれ隣に座る。
そして、膝の上でルゥが満足げに魚の骨をしゃぶっていた。
「ルゥ、がんばったのだっ」
「うん、お前も立派な戦士だ」
カールが撫でると、ルゥはしっぽをぶんぶん振る。
その様子を見つめながら、セリアが優しく微笑み、エミリーゼは頬杖をついて呟いた。
「で、今度はどこ行く? 山? 砂漠? それとも……もっと遠く?」
リアナもそっと目を伏せて、小さく笑った。
「……次の旅も、一緒に」
潮騒の音が静かに響く夜。
剣と魔法と絆の物語は、また一つ、海に刻まれた。




