第62話 王宮謁見の章
『闇を裂く剣』― 王宮謁見の章 ―
王都ルメリア。その中心に構える白亜の王城は、今日も朝の陽を受けて眩く輝いていた。
かつて王都を追われた男が、その城の正門を堂々と歩いていく。
漆黒のマントを羽織り、背にはかつての剣を携えて――黒衣の剣聖、カール=キリト。
その傍らには、セリアの姿もあった。彼女の銀の髪は陽光に映え、かつての王女としての風格を感じさせる。
二人の足音が、白い石畳に響く。衛兵たちは敬意と緊張の混じる視線を送りながら、一糸乱れぬ敬礼を見せた。
カールは、かつてとは違う立場でこの城に足を踏み入れていた。
王都近郊に出現した“魔獣王”――その討伐と、トラオン伯爵の闇を暴いた功績。その報告を受けた王は、彼に正式な褒章を下すことを決めたのである。
謁見の間には、王と側近たち、重臣、そして他の貴族たちが集っていた。
石造りの壁に刻まれた王家の紋章。神聖な光が差し込む大窓。緊張感の漂う空気の中、カールは膝をつかず、まっすぐに王の前へと進んだ。
「カール=キリト。汝は、王都を脅かす脅威――魔獣王を討ち果たし、また、トラオン家の不正を暴き、民に正義をもたらした。この功を称え、我が名において褒章を授ける」
王の声が響く。玉座の上から、穏やかな眼差しを注いでいた。
「汝には、子爵の称号を与える。そして、報奨として金貨二万枚を下賜する。これは……民と国の平穏をもたらした英雄への、ささやかな礼である」
ざわり、と貴族たちの間に小さな騒めきが広がる。
子爵。男爵より上であり、伯爵よりも下の位である。王国の歴史に名を刻む栄誉と影響力を持つ称号。
そして、金貨二万枚――【参考までに通貨換算にして、日本円にして実に二十億円に相当する莫大な報奨です】
だが、その場に立つカールの表情は変わらなかった。
「恐れながら陛下。子爵の称号は、ありがたく頂戴いたします」
深く礼をし、声を落ち着かせて続ける。
「ですが、領地の拝領については……辞退させていただきたく存じます」
謁見の間に、沈黙が落ちた。
貴族の間では“領地を持つ”ことこそが、地位と富の証。子爵と同時に領地を拝領するのが常である。
それを辞退するとは――貴族の論理からすれば、ありえない選択だった。
「理由を、聞かせてもらえるか?」
王は、やや声を和らげて問うた。
カールは目を伏せずに答える。
「私は、剣を振るう者。民を支配するより、守る方が性に合っております。
また……領地を持てば、そこには政治と義務が生まれます。私はそれに相応しい器ではございません」
それは、謙遜ではなかった。
自分を誇るでも、貴族の地位に酔うでもない――ただ、己の在り方に正直であろうとする姿。
その誠実な言葉に、王はしばし目を閉じたあと、静かに頷いた。
「……よかろう。それでは領地の代わりにそなたが住んでいる家を国で買い取り、そなたの褒賞としよう。カール=キリト子爵として、これより王国の記録に名を刻むがよい」
一礼ののち、カールは王の前を下がる。
人々の視線が彼を追う中で、セリアがそっと口を開いた。
「――おめでとう、カール。やっと……ここまで来たのね」
「……ああ」
短く、だが噛みしめるように返した。
その言葉の裏に、幾多の戦い、苦難、喪失があったことを、セリアは知っていた。
王都を追われ、仲間を失い、裏切られ、彷徨い、そして戦い続けた。
それでも彼は剣を手放さず、人を信じ、守ろうとした。
その姿が、いまこうして“褒賞”という形で結実した。
やがて謁見の間を出ると、執務官が黄金に輝く報奨金の目録を手渡した。
厚い帳面の重みが、これまでの苦労を裏打ちするかのようだった。
「金貨二万枚……すごい量ね」
「使い道は決めてる。家の改築、ギルドの支援、それから……ルゥ用の庭とティナの勉強机もな」
そう言って微笑んだカールに、セリアは小さく笑う。
「本当に、あなたって……不器用なくらい真っ直ぐね。でも、そこが好きよ」
王宮の白い階段を降りながら、二人は目を合わせた。
名誉や金貨の重さ以上に、確かに手に入れたものがあった。
それは「過去を断ち切り、未来へ進むための第一歩」。
――そして、この物語はまだ、序章に過ぎなかった。
王都の夜空の向こうで、新たな闇が忍び寄ろうとしている。
だがその時が来たとしても、もう彼は一人ではない。
剣を携え、仲間と共に――カール=キリトの名の下に、「闇を裂く剣」は再び振るわれる。




