第57話 ルウ、ぼくの新しい家族 ― レーナとティナ
『闇を裂く剣』 ―フェンリルのまどろみ―
ぼくの家族 ― レーナとティナ
あたたかい。
ここは、あたたかい場所だ。
ぼくの名前はルゥ。フェンリルの子。人は「魔獣」と呼ぶけれど、そんな名前にはもう慣れた。
森の中でずっと一人でいたころには、名前なんてなかった。仲間も、遊ぶ相手も、笑い声も、なかった。
けれど、今は違う。
この家には、カールがいる。セリアがいる。ティナがいて、レーナがいる。
そして、その二人のにおいが、ぼくにはとても……安心できるものなんだ。
レーナのにおいは、やさしい木の実と、スープの香り。
怒ったときはちょっとピリッとするけれど、でもその奥には、深くて静かな愛情がいつもある。
彼女がキッチンに立ってるとき、ぼくはよくその足元で寝転がる。あたたかい音と香りが混じるその場所は、ぼくにとって安全の象徴だから。
レーナはとても強い。
でも、それは剣を持ってるとか、魔法が使えるって意味じゃない。
朝早く起きて、眠そうな顔をこすりながら火をおこして、みんなの朝ごはんを用意して、それでいて「大丈夫。任せてくださいね」って笑う。
その笑顔は、戦士が剣を構えるときより、ずっと強く見えるんだ。
カールもよく言っていた。「レーナの料理は、戦う力になる」って。
でも、ぼくはそれ以上に、彼女の声や手のぬくもりが、戦いのない時間を守ってると思ってる。
とくに、夜。
ときどきセリアが悪夢でうなされる日や、カールが静かに剣を手入れしてるとき、
レーナは静かに、でも確かに、灯りをともす。
まるで「まだ帰ってこない誰か」を待つように。
それでも、決して暗くならないように。
……だからぼくは、レーナの足音を聞くだけで安心するんだ。
それが、家の灯りみたいに感じるから。
ティナのにおいは、もっとにぎやか。
風と花、そして木の実のような……元気な香り。
それとちょっと、泥とおやつの匂い。
彼女はいつも走ってる。笑ってる。転んでる。泣いて、すぐに笑って。
人間の子どもって、こんなに忙しいんだなって、最初はびっくりした。
でも、ぼくはティナが大好きだ。
なぜなら、彼女はぼくを「こわくないもの」として最初から見てくれた。
大きな牙も、鋭い爪も、ふさふさのしっぽも、ぜんぶ「かっこいい!」って言ってくれた。
「ルゥはね、もふもふ王国の王さまなの!」って、ぬいぐるみをのせられたときはちょっと困ったけど……でも、うれしかった。
ティナの笑い声は、風みたいに自由で、まっすぐで、心をなでる。
落ちこんでるとき、セリアがそっと肩に手を置くように、ティナは笑顔で「だいじょうぶだよ!」って言ってくる。
たとえ、なにも理由がわからなくても。
たとえ、ぼくが言葉を話せなくても。
彼女は、感じ取ってくれる。
たぶんそれは、レーナに似たやさしさだと思う。
ティナが泣いていると、レーナがすぐに抱きしめる。
そのたびに、ぼくもそっと横に行って、しっぽでティナの足をつんと突っつく。
すると、ティナは「ルゥぅ~」って笑ってくれる。
あの笑顔のためなら、ぼくはどんな敵とも戦える気がするんだ。
ぼくはこれからもっと強くなる!
でも、牙や爪や鳴き声以上に、大切な「想い」がある。
レーナのやさしさ、ティナの笑顔。
それが、ぼくの宝物だ。
いつか、またカールが戦いに向かう日が来ても。
セリアが涙をこらえて前に進むときも。
ぼくはこの家を守る。
レーナの笑顔と、ティナの笑い声が、けっして消えないように。
ぼくは、彼女たちのそばで――今日も、しっぽをふる。




