第50話 闇を裂く剣
『闇を裂く剣』
王国南部。かつては交易で栄えた街、トラオン。
しかし今では、奇妙な噂が絶えぬ土地となっていた。街を治めるトラオン伯爵が、禁じられた奴隷売買に関与しているという話が冒険者ギルドにまで届いていたのだ。
その真偽を確かめるべく、ギルドから指名を受けたのが黒衣の剣聖・カールと、その相棒氷の魔女セリアだった。
「……なんか、空気が重いね。人通りも少ないし」
「南の街道は昔から治安が悪かったが……ここまでとはな」
街道を馬で進む二人。そのとき、森の奥から騒がしい音が響いてきた。
──ガアアアアッ!
続いて、馬の嘶きと悲鳴。
二人が駆け寄ると、一台の馬車が森道を全力で駆け抜けていくのが見えた。
その直後、馬車の扉が開き、何かが放り出された。
──ごろ、ごろっ。
「人!?」
それは、まだ小さな獣人の少女だった。
その周囲に、三体の牙獣が唸り声を上げて集まってくる。
「行くぞ、セリア!」
「うん!」
カールは剣を抜き、セリアは杖を構えた。
一瞬のうちに距離を詰め、カールの剣が一閃。風を巻き起こしながら、一体の魔獣の首を断ち切る。
同時に、セリアが放った火球がもう一体を吹き飛ばし、最後の一体は怯えた隙に、カールの踏み込みが胸を貫いた。
魔獣が地に伏せるのと同時に、少女の横に倒れ込んだ女――彼女の母と思われる獣人の女性が、震える声で呟いた。
「た、助けて……もう、あの場所に戻りたくない……」
「大丈夫だ、安心しろ。もう誰にも渡さない」
カールは剣を収め、そっと二人の前に膝をついた。
獣人の母娘――名はレーナとティナ。
彼女たちは、南方のとある小さな村の住人だった。だが、ある夜、村は突然現れた武装集団に襲われたという。
「みんな、殺されました……。抵抗した人はその場で……。わたしたちは、生き残ったけれど……鎖でつながれて、馬車に押し込められて……」
娘ティナの小さな体には、拘束具の痕が赤く残っていた。
「それで……今の馬車が、お前たちを売りに行こうとしていた?」
「はい……。でも、わたしたちが“売れない”って決まったら……放り出されて、魔獣のエサに……」
セリアの目が怒りに染まる。
「そんなの、許せないよ……!」
カールの表情も沈黙の中に怒気を孕んでいた。
王国では奴隷制度はすでに廃止されている。違反者は国家への反逆とみなされる重罪だ。
「トラオン伯爵……確定か。許されざる悪だな」
獣人を奴隷として攫い、売買し、不要となれば魔物の餌にする。
そしてそれを裏で支配する貴族――権力を盾にして法を嘲笑う者。
「カール。あたしたち、このまま行くの?」
「ああ。奴らを裁くために、必ずこの手で証拠を掴む。レーナ、ティナ……君たちも証言してくれるか?」
震えながらも、母娘は力強く頷いた。
「ええ……同じ目に遭う人を、これ以上出したくありませんから」
「ありがとう。それが救いになる」
陽は傾き、森の影が深くなる。
だが、カールたちの心にはすでに火が灯っていた。
悪を討つ剣となるために。命を守るために。
そしてその先にあるのは、闇に沈む街トラオン――。
そこに待ち受けるのは、さらなる悲劇か。それとも、希望の光か。




