第42話 神殿の奥に眠るもの
【神殿の奥に眠るもの】
神殿の扉が、重く軋みながら開いていく。
中からは冷たい空気が流れ出し、まるで何百年も時が止まっていたかのような静けさが広がっていた。
足を踏み入れた瞬間、カールたちはその異様さに言葉を失う。
天井は高く、アーチ状の石造りが続いていた。壁にはびっしりと古代文字が刻まれ、魔法の灯火が一つ、また一つと自動的に灯っていく。まるで彼らの到来を待っていたかのように。
「これは……魔力によって自律起動する光灯。エルデ文明でも特に高度な技術の名残よ……」リアナが興奮を隠せずに囁く。
セリアは剣を握りしめ、警戒を解かない。「でも、何かがおかしい……この空気、何かが……眠ってる感じがする」
カールは無言で頷いた。
レーヴァ=シェルフィンが先導するように奥へと進み、三人はそれに続く。
神殿内部はまるで迷宮のようだった。装飾の施された扉がいくつも並び、それぞれが違う意味を持つように感じられた。
やがて、彼らは一つの大広間に辿り着く。
そこはまるで礼拝堂のような造りで、中央には巨大な石碑が立っていた。石碑の表面には、一人の女性の姿が彫られている。長い髪、細身の体躯、そしてその手には――一本の剣と魔導書が握られていた。
リアナが息を呑む。
「これは……まさか」
「……母さん……?」
カールが、信じられないというように呟いた。
レーヴァがその横顔を見て、ふわりと笑う。
「そう。あなたの母、アリシア=キリトよ。かつて“剣と魔法の調律者”と呼ばれた、唯一無二の存在」
「……母が、こんな場所に?」
「正確には、母の“記憶”がこの神殿に封じられているの」
リアナが困惑しながらも補足する。
「これは“魂の残響封印”……生者の意識を魔法的に転写し、半永久的に保存する技術。実在するなんて……」
セリアが言葉を失っていた。
「じゃあ、母は死んだのか?」
カールが問う。
レーヴァは静かに首を横に振った。
「生きているかどうか……それは、あなたたち次第。アリシアは、ある“選択”をしてこの神殿の核に自身の記憶を残した。世界の崩壊を防ぐために。彼女が守ったのは――この世界の“均衡”よ」
その言葉と同時に、石碑が淡く光り始めた。
柔らかく、けれど確かな光。その中心に、女性の幻影が現れる。
それは若く、美しく、しかしどこか悲しげな眼差しをたたえた――カールの母だった。
「……カール、あなたがこれを見ているなら、私はもう……」
幻影の声が、確かに響いた。
「あなたを置いていったこと、ずっと後悔していた。けれど、私はどうしても見逃せなかったの。あの時、この神殿に封じられていた“災い”が再び動き出す兆候があった」
「災い……?」
「それは、かつてこの世界を破滅させかけた“意志”。人を魔に変える呪い。王国では禁忌とされた古代の魔術、それがこの神殿に封印されている」
幻影の表情が険しくなる。
「私は、それを止めるためにここに来た。そして……選んだの。私の肉体と引き換えに、この封印を守るという選択を」
カールが拳を握りしめた。
「だから、母は……」
「あなたに伝えたいことは、ただ一つ。――カール、あなたは剣だけの男じゃない。力だけではなく、“心”で誰かを救える人間。私はそう信じてる。だから、これから訪れる試練に……あなたの意志で、答えて」
幻影は静かに微笑み、光の粒となって消えていった。
レーヴァが口を開いた。
「封印が弱まりつつある今、再び“それ”が目覚める可能性がある。あなたたちに託されたのは、単なる知識じゃない。選択なの」
リアナが前に出る。
「この神殿は放棄できない。この場所にある魔術的装置を、再調整して封印を強化する必要があるわ」
セリアも頷いた。
「なら、やるしかないわね。放っておいて誰かに災いが降りかかるなんて、そんなの見過ごせない」
カールは、石碑の前で膝をつき、静かに目を閉じた。
母が命を懸けて守ったもの。その想いを、今、己の中に受け止める。
「……わかった。俺は、ここで終わらせない。母が信じた世界を……守ってみせる」
彼の中で、決意が確かな形を取り始めていた。
レーヴァがそっと呟く。
「やっぱり、あなたって――面白いわ。これからが本番よ、カール=キリト」
封印の核心はまだ奥深くにある。
けれど、確かにその扉は開かれた。
母の記憶、世界の均衡、そして古代の災厄。
それら全てが交錯する神殿で――物語は、さらに深く刻まれていく。
そして、カールたちの旅もまた、ただの任務ではなく、“使命”へと変わっていくのだった。




