第40話 カール視線、リアナ=クラウゼという女
【リアナ=クラウゼという女】
初めて彼女と対面した日、率直に思ったのは――「面倒な依頼が来たな」だった。
王立魔術学院が誇る天才魔術師、リアナ=クラウゼ。貴族の名家出身でありながら、その肩書に胡坐をかかず、実力で地位を築いているという。
名声は、俺でも知っていた。だが、本人は想像よりもずっと…厄介だった。
ひと言で言えば、賢くて美しい。どちらも過剰なくらいに。
細身の体に似合わぬ強い意志と、まるで計算されたような言葉と笑み。こちらの心の隙をついてくるような物言いが多く、対話するたびに“探られている”感覚が拭えなかった。
「あなたの剣筋、惚れ惚れします。まるで舞踏のよう」
「休憩中に、少しお話ししませんか? あなたのこと、もっと知っておきたいの」
言葉だけ見れば、ただの雑談。けれど、あの眼差しには裏がある。そう思わずにはいられなかった。
俺は、こういうタイプが苦手だ。
感情を素直にぶつけてくるセリアのような奴の方が、よほど付き合いやすい。リアナは常に余裕をまとっていて、何を考えているか分かりにくい。だからこそ、警戒した。
けれど――それでも、確かに彼女は優秀だった。
戦場での判断力、魔法の精度、そして連携の巧みさ。どれもが一流だった。単なる学院育ちのお嬢様ではない。現場を見てきた魔術師の、それも修羅場をくぐってきた者の目をしていた。
俺は、戦える人間を尊敬する。そこに性別も出自も関係ない。
だからこそ、認めてしまった。彼女の強さも、努力も。
ただ――
(なぜ、俺にだけあんな態度を取る?)
それが分からない。戦闘後にそっと寄ってきて、魔術理論を語り出す。俺の剣に興味があるのか、それとも――俺自身に、なのか。
時折、セリアの視線を感じた。
彼女が無言で剣を研いでいるとき、その手元が少しだけ震えていたことも知っている。黙って何も言わない代わりに、目が、言葉以上に訴えていた。
「私、嫌だ」と。
だが俺は、リアナを無下にはできなかった。あれほどの魔術師を、俺たちの旅の中核から外すのは得策じゃない。彼女の力は必要だった。
それに――
(リアナが俺に向けているのは、本当に“恋”なのか?)
分からない。時折見せる本気のような眼差しが、本心なのか、それとも策略なのか。あの目の奥までは、俺でも読めない。
もしかすると、俺を試しているのかもしれない。貴族として、魔術師として、あるいは……ただの女として。
そして、あの夜。
焚き火を囲んでいたとき、リアナが俺の隣に寄ってきた。
「あなたの剣筋……まるで芸術のよう。私、戦いのたびに見惚れてしまうの」
その瞬間、セリアの小枝が折れた音が聞こえた。鋭く、乾いた音だった。
……あれは、偶然じゃない。
俺は、思わずセリアを見た。ほんの一瞬だけ。けれど、その一瞬に、彼女の痛みがにじんでいた。
怒ってるのか? と聞いたときの、彼女の子どもみたいな返しが――不思議と愛しかった。
「俺が隣にいるのは、お前だ」
それは、本心だった。リアナは頼もしい仲間だ。だが、それ以上ではない。
彼女の言葉は美しい。立ち居振る舞いも完璧だ。けれど、それでも、俺の隣に“いてほしい”と思うのはセリアだった。
――不器用で、まっすぐで、ときに怒って、ときに黙って、でも全力で俺を支えてくれる。
俺の剣は、そういう奴と共に振るいたい。
リアナが悪いわけじゃない。ただ、違うんだ。
あの朝、セリアは誰よりも早く起きて、剣を振っていた。汗まみれになりながら、必死に。まるで、誰にも渡さないと誓っているかのように。
そして、リアナがそれを見て微笑んだのを、俺は見た。
(……本当に、面倒な女だ)
そう思う一方で、どこかで認めている自分もいる。
リアナ=クラウゼ。
あの女は、戦場でも恋でも、決して手を抜かない。魔術師としての誇りも、女としての矜持も、すべてを武器にしてくる。
だから、俺たちは――彼女を甘く見てはいけない。
セリアにとって、彼女は“敵”になるだろう。だが、同時に、俺たちの旅にとっては“必要な仲間”でもある。
リアナの笑みの裏にあるもの。それが“本物”なのか、“仮面”なのか。
その答えを、俺はもう少し見極めるつもりだ。




