第39話 セリアから見たリアナ=クラウゼ
【あの子の名はリアナ=クラウゼ】
初めて彼女を見たとき、まるで空から舞い降りた女神かと錯覚した。
金の糸のように輝く髪、湖を思わせる澄んだ碧眼。そして、優雅で無駄のない仕草と、品のある口調。彼女の周囲だけ、まるで別の空気が流れているような気がした。
――リアナ=クラウゼ。
王国が誇る天才魔術師にして、王立魔術学院でも飛び抜けた存在。貴族の出でありながら、気品だけに甘んじることなく実力を磨き続けてきたという。
彼女がカールに直接、護衛の指名依頼を出したと聞いたとき、私は正直、動揺した。けれど、それを顔に出すことはなかった。ただ、内心でざわつく何かを押し殺しただけ。
「任務だから。護衛だから。それ以上でも、それ以下でもない」
そう言い聞かせていた。けれど。
旅が始まり、日が経つごとに、彼女は少しずつカールとの距離を縮めていった。
「カール様、この術式……あなたにだけ、解釈を見ていただきたいのです」
「少し、戦場以外でお話ししませんか? あなたのこと、もっと知りたいから」
そのたびに、彼女は笑っていた。柔らかく、けれど確かな自信を帯びた笑み。自分の魅力をよく知っていて、それをどう見せれば効果的かも分かっている――そんな笑みだった。
そして、カールは――戸惑いながらも、それをはっきり拒むことはなかった。
それが、何よりも苦しかった。
カールは、私の隣にいるべき人。ずっと一緒に剣を振るってきた、唯一無二の相棒。だけど、それだけじゃない。
私は、彼が好きだった。
その気持ちを、ずっと隠していた。隠して、抑えて、心の奥にしまい込んでいた。
けれど、リアナの存在が、そんな私の“仮面”を容赦なく剥がしていく。
彼女は何も悪くない。任務にも忠実で、仲間としての責務も果たしている。戦場では私以上に冷静で、的確に魔法を操る。
私は、そんな彼女を認めざるを得なかった。
でも――それでも、彼女がカールを見る瞳だけは、受け入れられなかった。
羨ましいと思った。嫉妬した。焦った。
「私じゃ、ダメなの……?」
そんな言葉が、心の中に浮かんでくるたび、剣の鍔を強く握りしめた。
焚き火の夜。彼女はまたカールに言った。
「あなたの剣筋、まるで芸術のよう。戦いのたびに、見惚れてしまうの」
あの瞬間、私は、抑えきれずに手の中の枝を折った。パキ、と小さく乾いた音がしただけなのに、胸の奥で何かがひび割れた気がした。
リアナは、きっと気づいている。
私の想いも、カールとの関係も。女の勘というのか、そういうところも、彼女は鋭かった。
けれど、それでも彼女は引かない。むしろ、私の想いを知ったうえで、なお立ち向かおうとしている。
彼女は、強い。
私とは違う意味で、芯の強い人間だと思う。自分の欲しいものを手に入れるために、ためらわない人だ。
私のように、迷って、躊躇って、言葉を飲み込んだりはしない。
(勝てるの? 私、この人に)
不安が、胸の奥に巣食った。けれど、その夜。
カールが私に言ってくれた言葉――
「俺が隣にいるのは、お前だ」
その言葉が、私のすべてを救ってくれた。
でも、安心してなんかいられない。
リアナは、あきらめない。そんな瞳をしていた。
翌朝、私はいつもより早く起きて、剣を振った。少しでも強くなりたいと思った。彼の隣に立ち続けたいと思った。
ふと振り返ると、リアナがこちらを見ていた。寝起きにも関わらず、凛としたその姿は、やはり美しかった。
彼女は微笑んで、小さく呟いた。
「……そう簡単には譲ってくれないのね」
それは、宣戦布告だったのかもしれない。
恋の戦場においても、彼女は真剣だ。戦いは、これからだ。
私も、負けない。
絶対に――彼を、守ってみせる。




