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第4話 グレンディアの森

追放された剣聖、森にて目覚める


 カール=キリトは、伯爵家を追われたその日、王都の喧騒を背に、誰にも告げずに姿を消した。

 向かったのは、王都から遥か東、誰も近づこうとしない魔境——《グレンディアの森》。

 それは、常に濃霧が立ち込め、昼なお暗き深き森。多くの冒険者が命を落とし、王国ですら正式に「立ち入り禁止」としている地。

 しかしカールにとっては、その孤独と危険こそが、ようやく得た“自由”の証だった。


 彼はかつて、剣の才において他の追随を許さなかった。

 その技は一流どころか“異才”とさえ呼ぶべきもの。しかし、それを誇ることなく、むしろ自ら封じてきた。

 なぜなら——それが家の誇りを損なうことを恐れたから。

 兄たちの名誉を守るため、己の剣を陰に伏せ、三男坊として凡庸を装い続けた。

 だが今、その鎖は断ち切られた。裏切られ、捨てられ、すべてを失った今、もはや誰のために隠す必要があるというのか。


 森の中、古木に囲まれた岩窟に、彼は拠点を築いた。

 野営道具、保存食、武具一式——すべては彼のスキル《アイテムボックス》の中に完備されている。まるで底なしの異空間。あらゆる道具を自由に出し入れできるその力は、彼の孤独な戦いを支える最強の装備だった。


「……ステータスオープン」


 彼の前に、淡く光る魔法陣のような表示が浮かび上がる。まるでゲームのような視覚情報。


 ──

 レベル:5

 HP:108

 MP:52

 速さ:C

 幸運:D

 スキル:アイテムボックス/剣聖

 称号 魔導国家の王族

 ──


 数字は低い。初期ステータスに過ぎない。だが、そこに絶望はなかった。

 レベルなど、力の真価ではない。

 称号の魔導国家の王族は意味不明だ。今はまだ後回しだ。優先するべきことは、レベル上げだ。


「この数値じゃな……しばらくはレベル上げに満身するか」


 そう呟いた彼の目が、森の奥に潜む気配を捉えた。

 ゴオォォオオッと、咆哮が木々を揺るがす。枝葉をなぎ倒しながら現れたのは、全身を黒く硬質な毛で覆った巨獣《黒角オーガ》。

 その両腕だけで樹をへし折る、圧倒的な腕力。額に生えた双角が禍々しい魔力を帯びていた。


「ちょうどいい……剣の勘を取り戻すには、うってつけだ」


 カールは、腰に帯びた長剣を引き抜いた。刃が空気を裂く音が、森の静寂を切り裂く。

 そして、疾風のように駆けた。


 オーガの腕が振り下ろされる。その衝撃波で地面がめくれ上がる。だが——


 カールの姿はそこにいなかった。


「——《剣気・霞斬り》」


 柔らかな軌道のように見えた一閃が、次の瞬間、オーガの膝を切り裂いていた。

 そして転倒した巨体に、迷いなく突き立てられる追撃の一突き。


 絶命。


 魔獣が倒れると同時に、カールの顔には微かに汗が滲んでいたが、瞳は冴え渡っていた。

 これは始まりに過ぎない。すぐに、次の気配が迫る。


 今度は、鋭い毒牙を持つ《バジリスク》が、地を這うようにして迫る。

 さらには、上空を旋回する《ワイバーン》の影。

 魔物たちは、まるで彼に引き寄せられるかのように群がってきた。


 しかし、恐れはなかった。

 むしろ、それらとの戦いこそが、彼を“生かして”いた。


「狩る。狩って、生きる。剣が、俺の命だ」


 剣を構えた瞬間、彼の動きに迷いはなかった。

 魔物の足音、羽音、風の流れ、そのすべてを感じ取り、数手先の未来を読む。

 “剣聖”というスキルは、ただの称号ではない。

 それは、一瞬の選択の精度を極限まで研ぎ澄ませる、まさに“戦いの神域”への扉であった。


 彼の斬撃は無駄がなく、静かで、そして凶悪だった。

 切るよりも先に、斬られている。

 魔物たちが反応する前に、すでに勝負はついている。


 倒した魔物からは、素材や魔核を回収し、すべてアイテムボックスに収納。

 時折、町に下りては商人ギルドを通じて売却し、貨幣を得る。

 その金で、新たな装備を整え、鍛錬を重ねる。

 時折、酒屋に立ち寄ってのんびりするゆとりも出てきた。


「魔獣王バルグロスの討伐に騎士団100人が出たらしいが、全滅したらしい」

「魔獣王、あいつがいる限り、あの周辺は、人は近づけないな」

「あれを討伐できたら、まー、国の英雄だよ。そんな奴いないだろうが」

「魔獣王は、無理だな。あれは人間でどうこうできる存在じゃない」


 冒険者たちの噂話を流し聞きながら、カールは薄く笑みを浮かべた。

 魔獣王か、面白そうな相手だ!


 さらなる目標ができた彼の剣は、日々進化していた。


 そして誰も知らぬうちに、《グレンディアの森の奥に、魔物を狩る“黒衣の剣士”がいる》という噂が、静かに広がり始めていた。


 だがその男が、かつてキリト伯爵家の三男であり、追放された若者だと知る者は、まだ誰一人としていなかった——。





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