第34話 ルゥの日記:あの人の背中
◆ルゥの日記:あの人の背中◆
ボクは、ルゥ。フェンリル族の末裔で、まだまだ子ども。森の奥で一人で生きてたんだけど、ある日「カール」っていう人間に出会ったんだ。
最初は、怖かった。
黒いマントに鋭い目、まるで闇そのものみたいな雰囲気だったから。でも、不思議だった。殺気も、敵意も……ない。むしろ、静かで優しい空気が流れていた。
「お前……怪我してるのか?」
カールは、倒れていたボクを見て、そう言った。
普通なら、フェンリル族なんて見つけたら、真っ先に狩られる。母さんがそう言ってたから。だけど、カールは違った。そっと膝をついて、ボクに手を差し伸べた。
「動くな。薬草を使う。」
怖かったのに……その手は、温かかった。
それから、ボクは彼と一緒に旅をすることになった。いや、正確に言うと、勝手について行ったんだけどね。
彼は強かった。剣を抜いた瞬間、空気が変わる。魔獣だって、敵の騎士だって、みんな震える。でも、カールは決して無駄に剣を振らない。
それが、ボクにはすごく不思議だった。
「ねぇ、なんで戦うの? 強いなら、全部倒しちゃえばいいじゃん。」
そう聞いた時、カールは少しだけ遠くを見た。
「……それじゃ、“あいつら”と変わらないからな。」
“あいつら”。たぶん、カールが昔、信じて裏切られた人たちのことだ。
彼の目はときどき、すごく遠くて……悲しい色になる。
だけどね、ボクにはわかるんだ。
カールは、本当はとっても優しい。
傷ついた村人を見捨てないし、困ってる子どもにパンを分けてくれるし。セリアさんが疲れてると、何も言わずに焚き火を起こして、あったかいスープを作る。
「言葉にしない優しさ」って、たぶんカールのことだと思う。
でも、ボクにはその優しさが……ちょっとだけ、寂しく見える。
ある晩、みんなが寝静まったころ、ボクはこっそり起きて、カールのそばに行った。
彼は、剣を手入れしてた。月明かりに照らされた横顔は、いつもの無表情で、でもどこか……壊れそうだった。
「ねぇ、カール」
「……起きてたのか。どうした、ルゥ?」
「ボクさ、あんたのこと、だいすきだよ。」
その言葉に、カールは少しだけ驚いた顔をした。ほんの一瞬だけ。
「……そうか。」
それだけ言って、頭をポンポンってしてくれた。その手が、あったかくて、ボクはちょっと泣きそうになった。
ボクにとって、カールはただの“剣聖”じゃない。
父親でもなく、兄でもない。だけど、世界で一番信じられる背中。
その背中に、何があってもついていきたいって、心から思ってる。
いつかボクも、大きくなって、彼のように強くなりたい。
でも、ただ強いだけじゃなくて、人の痛みがわかる強さ――
それを教えてくれたのは、カールなんだ。
だから、誓うよ。
この命が尽きるその時まで、ボクはあの人の隣を走る。
氷の剣士セリアがいても、王国が敵に回っても、世界が滅びようとしても。
ボクの“牙”は、あの人のためにある。
ボクの“心”は、あの人の剣の隣にある。
それが、ボク――フェンリルの子・ルゥの誇りだ!




