第25話 少女の告白
少女の告白
夕暮れの光が、森の隙間から静かに差し込んでいた。
戦いの余韻が残るその場に、ふたりは並んで立っていた。
誰もいない、誰にも見つからない、孤独な場所――けれど、どこか温かな空気がそこにはあった。
セリア=ノルドは、剣を静かに鞘に収めた。
その表情には、これまで見せたことのない微かな揺らぎがあった。
その瞳は、ただ一人の剣士――カール=キリトを映している。
彼女はゆっくりと、言葉を紡いだ。
「あなたと戦って、心が震えた。」
その声は震えていなかった。むしろ、これまでのどんな命令口調よりも、まっすぐで、真摯だった。
「私は……“もう一度信じてみたい”と思ったの。人を、想いを、剣を。」
カールは黙って彼女の言葉を受け止めていた。
セリアの過去を、カールは知らなかった。
だが、その剣の軌跡、その目の奥に宿る深い孤独を、剣を交えた瞬間に感じ取っていた。
彼女はかつて、王族の内乱によって家族を失った。
ノルド公爵家王の弟――王に連なる名家の一角が、政争の渦中で粛清されたのだ。
裏切りと血と炎の中で、少女だったセリアは唯一人、生き残った。
その日を境に、彼女は感情を封じた。泣くことも、笑うことも、誰かを信じることもやめて、生きるためにただ剣を振るってきた。
そんな彼女が、いま目の前で――はじめて、願いを口にした。
カールは静かに口を開いた。
「……俺も、お前の剣から“本物”を感じた。」
それは誉め言葉ではなかった。
剣士として、命をかけて戦った者同士だけが分かち合える、確かな実感だった。
セリアは一歩、彼に近づく。
「じゃあ……私を連れていって。」
その言葉には、迷いがなかった。
「どこへでもいい。地獄でも、あなたが行く場所へ。」
夕日が彼女の銀髪を照らし、氷のようだった横顔を、どこか柔らかく染めていた。
それは、誰にも縋らず、誰にも頼らず生きてきた少女が、はじめて差し出した“想い”だった。
カールは少し目を伏せ、短く息を吐いた。
「……道の先には、何が待っているか分からない。裏切りも、死も、戦いも――お前の過去と変わらないものが、きっとある。」
「それでもいい。」
セリアははっきりと答える。迷いは、もうどこにもなかった。
「誰も信じられなかった。でも……あなたの剣は、私の心を動かした。」
彼女は自らの胸に手を当てる。
「ずっと凍っていた心が、あの剣戟の中で、少しだけ……溶けた気がしたの。」
その言葉に、カールは目を細めた。
彼自身もまた、すべてを奪われ、信じていたものに裏切られてきた。
それでも剣を捨てず、信念を持ち続けたのは、誰かにその“在り方”を見てほしかったからだ。
その“誰か”が、今ここにいる。
「……分かった。なら、ついてこい。」
短い言葉だった。けれど、その一言が、すべてだった。
セリアの目が少しだけ潤む。
けれど、それは悲しみではない。もう、凍てついた涙ではない。
「ありがとう、カール。」
夕日が完全に沈む前に、ふたりは歩き出した。
静かな森を、剣を携えて。
これから待つのは決して楽な道ではない。だが――
冷たい氷のようだった彼女の心には、確かに“何か”が芽生え、ゆっくりと溶けはじめていた。
それは、まだ名前のつかない感情。
けれど確かにあった、始まりの想いだった。




