第135話 その剣に、心を砕かれて》──アレク視点
《その剣に、心を砕かれて》──アレク視点
俺は負けた。
身体が地面に沈んでいく感覚と、血の味、そして何よりも——心が、剣に打ち砕かれた。
「……やられたな、カール」
苦笑しながら、そうつぶやいた。
天を割るほどの一閃だった。空気を切り裂き、俺の最後の一撃を断ち、己の限界を超えて放たれたあの剣撃。
戦いながら、何度も思った。こいつはただの剣士じゃない、と。
◇
大伝統武術大会。
俺がここに来たのは、魔王国の《死霊の王》としての名誉をかけてのことだった。
多くの仲間の想い、魔王である父の信頼、そして何より——俺自身の誇りを、全てこの右拳に込めてきた。
拳と雷をまとい、どんな敵も叩き伏せてきた俺の力は、決して伊達ではない。
精鋭部隊の団長であるエリックやピエールたちにも、常に一目置かれていた。
だから、準決勝までに俺をまともに苦しめた者はいなかった。
けれど——決勝で待っていた相手、カール=キリトだけは、違った。
初めてあいつと剣を交えた瞬間、俺は理解した。
「こいつ、"真っ直ぐすぎる"」
その剣筋に迷いはない。だが同時に、愚直なほどに純粋だった。
何のために戦うのか、誰のために立つのか。
その答えを、カールはきっと胸の奥で確かに抱いている。
俺の拳が雷をまとうたび、カールの剣が光を返す。
一瞬の交錯、一歩ごとのぶつかり合い、その全てが——楽しかった。
楽しい、なんて言葉を、俺はこの戦いの中で思い出したんだ。
◇
正直、途中で勝利を確信しかけた場面もあった。
カールの左足が鈍り始め、呼吸が荒くなり、俺の雷鳴拳が何度も肩や脇をとらえていた。
だが——そこから、やつは折れなかった。
目が死ななかった。
何度吹き飛ばしても、何度血を流しても、その瞳の輝きは失われなかった。
それどころか、戦うごとに磨かれていくような、そんな剣気を放っていた。
「馬鹿みたいな奴だ……!」
俺は怒鳴るように言ったが、その実、心の奥では笑っていた。
この時代に、こんな奴がいたのかって。
誰かのために、全てを背負って立つことができる奴。
自分を犠牲にしてでも、大切な人たちを守り抜こうとする剣士。
そして最後——
「絶閃・零ノ型・空閃」
その名を叫ぶ声が、会場中に響いたとき、俺の鼓動は止まるほど高鳴った。
空を裂く閃光が、雷すら切り裂いた瞬間。
俺の拳は、その先の未来に届かなかった。
◇
気づけば、倒れていた。
痛みはあったが、心は妙に澄み渡っていた。
勝ちたかった。いや、本気で勝つつもりだった。
でも今は、負けを受け入れられる。
それほどまでに、カールの剣はまっすぐで、強かった。
誰かの期待に応えるためでも、魔族の威厳を示すためでもない。
ただ、自分自身の「誇り」のために、あいつは戦っていた。
そしてその「誇り」に、俺は心ごとぶっ叩かれた。
清々しい負け方って、あるんだな……と、負け犬らしく笑ってしまった。
◇
ふと、誰かが近づいてきた。
「アレク……!」
見れば、ピエールだった。頭には包帯。あの精鋭戦の負傷がまだ癒えていない。
「大丈夫か!? 応急処置を——」
「平気だ。……ちょっと、心をやられただけだ」
俺がそう言うと、ピエールは苦笑して、そっと肩を貸してくれた。
隣にはエリック。真っ赤な顔で腕組みしている。
「全力で戦ったなら、それでいい。あの剣士、俺も見ていて震えた」
「へぇ、赤鬼のくせに優しいこと言うな」
「うるせぇ、負け犬」
その言葉に、俺は初めて、声に出して笑った。
ああ、こいつらがいてくれて、俺は救われてるんだな。
◇
その後、観客席の方に目をやると、あいつの仲間たちが泣いたり、笑ったり、飛び跳ねたりしているのが見えた。
ルゥっていう子犬も、嬉しそうにカールに飛びついてる。
……羨ましい、と思った。
でも、それだけじゃない。
ああいう仲間に囲まれてるからこそ、あいつはあそこまで強くなれたんだろうな。
剣は、人の心を映す。
そして——あいつの剣は、人の心を動かす。
俺はもう、あいつを見て嫉妬しない。
これからは、一剣士として、あいつに背中を追わせてもらう。
「またどこかで……戦えたら、いいな」
雷鳴の誇りにかけて、次こそは、あいつに届く一撃を放ってみせる。
これは終わりじゃない。
剣士としての、俺の第二章の始まりだ。
さあ、立とう。
負けはしたが、心までは折れていない。
——雷の誇りと共に、俺は歩き出す。




