第133話 セリア=ルゼリア=ノルド視点
《ただ、あなたを守るために》──セリア=ルゼリア=ノルド視点
その一閃が走った瞬間、世界が沈黙した。
風が止まり、空が凍りついたような感覚。
誰もが息を呑み、目を見開いたまま動けなかった。
わたしもそうだった。
あまりに速く、あまりに鋭く。
あまりに、美しかったから。
カールが放った《絶閃・零ノ型・空閃》。
それは、彼のすべてを込めた一撃だった。
力でもなく、魔でもなく。
ただ、彼自身という存在の強さと優しさと覚悟を、その一刀に込めた技だった。
アレクの巨体が、音もなく崩れ落ちる。
そして、勝者として立ち続けるのは——
わたしたちの、カールだった。
……胸が、いっぱいになった。
嬉しくて、誇らしくて、切なくて、少し怖くて。
いろんな気持ちが、ぐるぐると渦巻いていた。
彼が戦場の中心に立っているのを見て、わたしは思わず両手を胸元に当てた。
「無事でいてくれて……ありがとう」
それだけでよかったはずなのに、どうして涙があふれそうになるんだろう。
この戦いが始まる前、彼の背中を見つめながら、わたしは一つだけ心に決めていた。
たとえ世界が敵に回っても、わたしは彼を守る、と。
魔王軍最強の戦士・アレクサンダー。
その力がどれほどのものか、わたしは理解していた。
だからこそ、わたしの《プロテクティア》は、絶対に失敗できなかった。
守らなきゃ。
誰よりも、大切な人を。
あのとき、彼の視線が一瞬だけわたしを見ていたのを、わたしは確かに感じた。
「セリア、頼む」
言葉にはしなかったけど、あの瞳が語っていた。
だから——わたしは応えたの。
全魔力を解放し、白銀の魔法陣を重ね、空間を固定して、彼の命を守った。
わたしのすべてを込めた《白銀守護術・聖封結界》は、ただ一つの願いだけで構築された。
——あなたを守りたい。
それだけ。
恋人だからとか、魔法使いだからとか、関係なく。
この命が尽きてもいいと、心のどこかで覚悟していた。
でも、彼は——
わたしの命を捨てる必要なんてないって、証明してくれた。
勝って、生きて、帰ってきてくれた。
……カール。
どうして、あなたはそんなにも強いの?
どうして、そんなにも優しいの?
あんなにも追い詰められて、傷だらけになって、それでもなお、アレクに手を差し伸べるなんて。
「お前は、変われる」
その言葉が届いた瞬間、アレクの目に浮かんだのは——涙だった。
そう、涙。
あの雷の獣が、涙を流した。
人間であるわたしには理解しきれないことも多いけど、それでも感じた。
カールは、アレクを救ったのだと。
剣で斬ることではなく。
心を、縛られた過去を、救ったのだと。
彼は、そういう人。
人を斬ってなお、その人の未来を信じられる——奇跡のような、剣士。
戦いが終わって、わたしたちは駆け寄った。
ルゥが先に飛びついて、「カール!勝ったワン!」なんて泣きそうな声を上げて、
リーリアンが続いて「おめでとう……カール」って微笑んで。
わたしは。
何も言えなかった。
言葉にしたら、涙が止まらなくなりそうで。
カールの顔が近くにあって、目を見た瞬間、もうだめだった。
「……バカ」
ぽつりと出た言葉は、それだけ。
でも、彼は笑った。
あの、優しい、いつもの笑顔で。
「……ただいま、セリア」
その言葉を聞いたとき、心が解けていくようだった。
わたしの中に積もっていた不安も、恐怖も、全部その一言で洗い流された。
あなたが帰ってきてくれた。
それだけで、わたしは十分なの。
この試合が終わって、きっと世界は少し変わる。
魔族と人間の境界線も、わたしたち自身の心も。
カールが勝ってくれたことで、多くの人の目が変わる。
けれど、その分——彼の背負うものも、きっと増えていく。
誰かに求められ、頼られ、託されていく。
だからこそ、わたしは決めた。
今度は、わたしが彼を守る番。
もう、彼に一人で背負わせない。
《白銀の守護術》は、そのためにある。
カール、あなたがどれだけ強くても、どれだけ世界に希望を示しても——
あなたの隣には、わたしがいる。
氷の魔女じゃない。
ただの魔剣士でもない。
あなたの恋人として。あなたの支えとして。
わたしは、絶対に離れない。
あの戦いを、きっと一生忘れない。
世界が止まったあの瞬間。
剣が走り抜けた一閃。
アレクの落涙と、カールの微笑。
そして、わたしの胸を締めつけた感情のすべてを。
これから何があっても、わたしはあなたを信じてる。
何度でも、どんなときでも。
……だから、これからも一緒に、進んでいこうね。
大好きだよ、カール。
世界でいちばん、強くて優しい、わたしの騎士。




