第130話 《青鬼》ピエールの観戦録
■戦慄と誇り——《青鬼》ピエールの観戦録
静かだった。
あの男たちが剣を交えるまで、空気は凪いでいた。
だがひとたび戦いが始まれば、空気は震え、大地が呻いた。観客席の大半が息を呑んだまま、声すら忘れている。目の前で繰り広げられているのは、ただの試合ではない。
それは——《決戦》。
「……見事だな、あの少年は」
私は静かに呟いた。白銀の刃を握る男、カール=キリト。あの男の一太刀に、我ら三人は敗れた。
エリックが巨剣を肩に乗せながら隣で鼻を鳴らす。
「……チッ、あの時は手加減しすぎたかもしれん」
「否。お前の火は全開だった、エリック。むしろ、こちらが全力を出さなければ、我ら全員があの一閃で斃れていた」
「うーん……でも、あの人……なんだか、嬉しそうよ?」
小さく笑うのはアウラーン。聖女の白き法衣が、雷と光の轟きに照らされて煌めいていた。彼女の視線は戦場の中央、雷を背負う竜の化身——アレクサンダー様と、その対峙者・カールに向けられている。
「彼らは戦うことで、互いを知っていく。そういう人たちなんだわ」
「まったく……理解不能な種族だ」
私はため息をつきつつも、目を逸らせなかった。
先ほどアレク様が放った《雷鳴穿つ双剣:ラグナ・ストライク》——あの速度、威力、そして放たれる魔圧。すべてが規格外だった。私の《氷結領域》ですら、あの双剣には一秒も耐えられまい。
だが、カールは受け切った。咄嗟に繰り出された《絶閃・刃返し》は、技としても剣士としても、一級どころではない。それはまさに“剣聖”の域だ。
「アレクサンダー様の《煌獄竜・顕現形態》が見られるとは……」
私は身を起こし、フィールドに立ち現れた黒金の竜の幻影を見つめる。
その存在は幻想でありながら、空気を支配し、観る者に恐怖と敬意を抱かせる。あれが、“彼の真なる姿”の片鱗なのか。
「……カール=キリト。よくぞここまで辿り着いたな」
言葉にせずにはいられなかった。
私たち精鋭部隊が敗れた後、彼は仲間と共に突き進み、この決勝まで辿り着いた。しかも、今の彼には援護する仲間がいる。セリア=ルゼリア。白銀の聖女として守護の術を放ち、彼に加護を与えていた。リーリアン=フリーソウの紅蓮鎖も、ルゥの風咆も、いずれも緻密に連携されている。
「この結束……いや、“信頼”こそが、彼の力の源だな」
エリックが不機嫌そうに言う。
「……だが、それでもアレクサンダー様には届かんだろ」
「……あら、そうかしら?」
アウラーンが、微笑みながら言う。彼女は、時折こうして“未来”を見通すような顔をする。聖女としての直感か、それとも……。
「私は……信じているの。あの剣士の未来も、アレク様の未来も、きっと正しく交わるって」
「正しく……? 何をもって正しいと言える」
「“生きる”ことよ」
一瞬、風が止まったような気がした。
「勝つことでも、強くあることでもない。ただ、“未来を選び取って、そこに立つこと”が彼らの戦いなのよ」
私は黙って、その言葉を噛み締めた。
再び視線を戻す。
フィールドの半分が既に砕けていた。雷と剣閃がぶつかり合い、何度目かの《絶閃》が、アレクの雷の奔流を裂いた。
それでも両者は立っていた。肩から血を流し、鎧が砕けようとも、剣を下ろすことなく——戦い続ける。
カールの目に宿る光は、揺るぎない。あれは、何度倒れても立ち上がった者の目だ。仲間を背負い、自らの意思でこの場に立っている者の“覚悟”が、あそこにはある。
「……いや、むしろ」
私は小さく呟く。
「あの者は、誰かのために戦っているようでいて、結局は“自分のため”に戦っている」
「ふふ、それが一番強いのよ」
アウラーンがまた笑った。聖女の微笑は、戦場の冷気を和らげる。
エリックはやれやれとばかりに剣を置き、座り込む。
「まったく……世話が焼けるぜ、あいつらは。おれたちの敗けが無駄にならなきゃいいがな」
「無駄にはならんさ」
私の言葉に、誰も反論しなかった。
確かに、私たちは敗れた。だが、我々の敗北が彼らの糧になったのなら、それは意味を持つ。次代を担う者たちが、こうして戦いを通して“何か”を掴んでいくのならば。
それが、この大伝統武術大会の“本質”なのだろう。
「アレクサンダー様も、本気だな」
雷光の渦の中心で、竜の咆哮が再び響いた。
その中で——カールが、走った。
「《絶閃・迅雷双斬》……!」
放たれた剣閃は、雷光を裂き、アレクの右腕を撃ち抜いた。
雷と風と光が爆ぜ、観客席から悲鳴が上がる。
——が、
それでも、二人は立っていた。
互いに、肩で息をしながら。血を流しながら。だが、笑っていた。
ああ、これは確かに——
《未来を決める意志の衝突》
我々、かつて魔王軍の精鋭と謳われた者たちが敗れ、譲り渡した“時代”の、その中心に立つ者たちの戦いなのだ。
運命の後半戦に、全てが託される。
そして私は、どちらが勝っても構わぬと思った。
なぜなら——
彼らこそ、次代の“選ばれし者”なのだから。




