第126話 《聖女アウラーン》視点:私は裏切ったのではなく――
大伝統武術大会・準決勝第二試合
《聖女アウラーン》視点:私は裏切ったのではなく――
聖女として、ここに立つことができる自分を、誇らしいと思っていた。
魔王陛下に仕え、赤鬼エリック、青鬼ピエールと共に数え切れぬ戦場を駆け抜けてきた日々は、私にとってかけがえのない誇りだった。
けれど――今、この大伝統武術大会の準決勝の舞台に立ち、あの少年を見るとき、心の奥に沈めてきた迷いが、再び胸を突く。
銀の髪、まっすぐな瞳。そして背負うのは、時代を変える刃。
《カール=キリト》。
ただの若者ではない。彼の剣は、人々を導く光にもなりうる。私には、それが見える。感じられる。
だから私は、決めていた。今日、この場で――私は私の意志で未来を選ぶ。
◆ ◆ ◆
試合開始の号令と同時に、空気が変わった。
カールが放った初撃、《絶閃・白銀》――あれは斬撃ではない。信念そのものだ。
その一閃で、エリックの巨剣が宙を舞ったのを見た瞬間、私は悟った。
「……やはり、来るべき者だったのね」
セリアの守護術が、ピエールの魔法を跳ね返したときも。
リーリアンの紅の魔矢が、ピエールを貫いたときも。
私はただ、静かに見守っていた。
そして、私の名が呼ばれた。
「アウラーン! 癒しを……!」
エリックの叫び。それは当然の声だった。仲間として、幾度も支え合ってきた私を頼るのは当然のこと。
けれど、私は――その声に応えられなかった。
「《聖光癒壊・ルミエール》」
癒しの術を装い、私は光を放つ。けれどその光は、彼らを回復するものではない。
戦いを終わらせるための、希望の光。
「……なぜだ?」
エリックが低く問いかける。
私は、まっすぐに彼の目を見る。答えなければならない。ここに立つ理由を。
「彼らは、正しき刃よ。腐った秩序を切り裂く、未来の剣」
「私はそれを止めることができない。……いいえ、止めたくないの」
私は、魔王軍に忠誠を誓ってきた。だがその忠誠とは、個にではなく“国”に向けられたもの。
今の魔王軍は、その理想を見失っている。
人間との対立を続け、力で抑えつける政治。
けれど、カールの剣は違った。彼は剣を振るいながらも、誰かを救おうとしている。
戦うたびに、人を結びつけていくその姿は、まさに真なる英雄。――そして、未来の希望。
「私は……聖女。真なる未来に、手を添える者」
私は裏切ったのではない。忠義を尽くしたのだ。
真の王とは、真の時代とは――誰かが斬り拓かなければならない。
そしてその役目が、あの銀髪の少年にあるならば――私は、聖女としてその道を照らす。
◆ ◆ ◆
「アウラーン……てめぇ……!」
エリックの怒りがぶつけられる。だがその中には、理解の兆しもあった。
彼はただの脳筋ではない。何度も命を預け合った仲間だからこそ、わかる。
彼は怒りと、そして戸惑いの中で、それでもなお信じようとしている。
「赤鬼、あなたが守ろうとする“秩序”は、もう終わってるのよ」
「今は、新たな秩序が必要なの。それを切り拓くのが、あの剣聖……カール=キリト」
私は、背後から彼を支える白銀の聖女セリア、紅翼の魔族リーリアンを見る。
彼女たちもまた、“今”ではなく“未来”のために戦っている。
そして、その中心に立つカールが剣を抜いた。
「――終わらせる」
ああ、なんと澄んだ声だろう。
燃え上がる炎の中、エリックが叫ぶ。
「来いやああああああ!!」
だが――それでも届かない。
《絶閃・銀界》
その斬撃は、炎も怒りも、過去も未来も、すべてを断ち切った。
時間すら止まったような沈黙のあと、ゆっくりと、エリックの身体が倒れ込む。
「……完敗だ」
その言葉には、悔しさよりもむしろ、希望があった。
彼は知っていたのだ。私が裏切ったのではないと。
私が、“選んだ”のだと。
◆ ◆ ◆
勝者――カール=キリト、セリア=ルゼリア=ノルド、リーリアン=フリーソウ。
観客席からは割れんばかりの歓声が上がっていた。
私たち魔王軍精鋭部隊は、敗北した。けれど、それは“終わり”ではない。
むしろ――ここから“始まる”のだ。
私は、誓う。
この選択が、ただの感情や衝動ではなかったことを、未来に証明してみせる。
聖女として、私の忠誠は今も変わっていない。
ただ、その矛先が変わっただけ。
“国”とは、“人”とは、変わっていくもの。
そして私は、変わりゆく未来に祈りを捧げる者。
だからこそ――アレクサンダー様が魔王になった時の未来を止めなければならない。それには、未来を託せる、リーリアン様、そして、カール=キリトの力が必要だ。
ならば、わたしは、彼らに勝ちを譲り、彼らに余力を与えなければならない。
「これが、私の正義」
私はそっと目を閉じ、心からそう呟いた。魔族と人間の平和と共存のために。




