第120話 《水竜の巫女》ナリアから見た第四試合
大伝統武術大会・第四試合
《水竜の巫女》ナリアの視点
――静けさの中、私はひとり、リングに立っていた。
目を閉じて、深く息を吸う。全身を包む蒼衣が、風に揺れた。背中にある巫女杖の水紋が、まるで水面に浮かぶ波紋のように感じられる。心が澄んでいく。
(大丈夫。私は、水と共にある)
「ようこそ……水と共に、踊ってくださいね」
そう口にした瞬間、観客たちのざわめきが波のように押し寄せてきた。だけど私は、恐れてなんかいなかった。
むしろ、戦いたかった。
強者と――そして、この世界の“力”の本質を知るために。
対するは、現魔王軍の中枢に立つ三人。かの伝説にも名を刻む精鋭たち。
赤鬼のエリック。聖女アウラーン。そして青鬼のピエール。
百年ぶりに三人がそろって表舞台に立つとあって、観客席は異様な熱気に包まれていた。だが、私の心は静かだった。
(この戦いで、私はすべてを出し尽くす)
試合開始の号令が鳴る。
私は両手を掲げた。空気が震える。
「《蒼界召喚・水竜ヴァーグ=ルアン》」
水が渦巻き、空間が歪み、巨大な竜が姿を現した。私の魔力と祈りを宿した、水の守護者。
その姿に、会場から息をのむような声が上がった。けれど、最初に動いたのは赤鬼エリックだった。
「くっはは! いいじゃねえか!」
彼は、まるで恐れなど一切ないかのように、一直線に水竜へと突っ込んできた。その大剣の軌道――見事だった。だが――
「甘い」
水竜の鱗が水を弾き、その反動で水流の反撃を放った。エリックは吹き飛ばされ、砂煙の中に倒れ込んだ。
(これで終わりじゃない。まだ……)
「後退しなさい、赤鬼」
アウラーンの声が、静かに場を制した。彼女の周囲に金の光が満ちていく。魔力を浄化する結界――やはり、ただの回復役ではない。
そして、次に出たのが青鬼ピエール。目を伏せ、口元に薄く笑みを浮かべながら、一言。
「《氷蒼融合術・虚水殻》――」
まさか、私の水竜の鱗が……凍る!? 水の流れが、止まる……。これは、魔力の流れそのものを壊す術式。
(やばい……!)
その隙を突くように、赤鬼が再び突進してきた。
「今だッ!」
連撃が水竜の凍った鱗を貫き、私の魔力の根幹が軋む音がした。
(だめ……まだ……終われない!)
力を込めて杖を握りしめ、奥底の魔力を呼び起こす。
「《深海の加護・双頭竜覚醒》!」
リングを覆う爆風。その中から、新たに現れたのは――二体の水竜。片方は青き流れの精霊、もう一体は白き泡の護竜。
観客の歓声が耳に届く。その中で、エリックとピエールが構えを取る。
「二体だと……!?」
「どっちか一体ずつ、対応する。アウラーン、後方支援を」
「ええ。二人を光で守ります」
完全な連携。三者三様の役割。さすが、百戦錬磨の魔王軍精鋭。だけど――
(私は、水を信じてる。水は、何度でも形を変えて戦える)
青竜がピエールへ、白竜がエリックへと襲い掛かる。水の刃が宙を舞い、魔術と剣技がぶつかり合う。
「たのしいなァ!」
エリックの大剣が炎をまとい、白竜を砕いた。その直後、ピエールの雷術が青竜を痺れさせ、崩していく。
(くっ……! まだ……)
「《聖光癒壊・ルミエール》」
聖女アウラーンの祈りが、最後の核を貫いた。
私は……その瞬間、立っていられなくなった。力が抜けて、膝をつく。
でも、不思議と悔しさはなかった。
(ああ……美しい戦いだった)
私の中の水は、まだ静かに流れている。
顔を上げると、赤鬼エリックが手を差し出していた。
「見事だった、水竜の巫女」
その手を取る。私の唇に、微笑みが浮かぶ。
「……ありがとうございます」
「勝者――現魔王軍チーム!!」
会場の歓声が嵐のように巻き起こる。
だけど、その中心で私はただ、静かに立っていた。水と共に――戦いを終えた者として。




