第118話 現魔王軍精鋭部隊の大会に対する決意
大伝統武術大会
──現魔王軍精鋭部隊、集結。
大会の待合室には、まだ熱狂の余韻が残っていた。第一試合から第三試合まで、どれも手に汗握る展開で、観客も参加者も昂りは冷めやらぬままだ。だがその熱の中で、一室だけ、異様な静けさを湛えていた。
そこは現魔王軍精鋭部隊に割り当てられた部屋だった。
「……ふぅん、盛り上がってるじゃない。お祭りって感じね」
先に口を開いたのは、聖女アウラーン。白い法衣を揺らしながら、ベランダのカーテンをくぐって夜空を眺めていた。金髪が月明かりに照らされて、美しくも神秘的だ。
「……茶番にしか見えんがな」
ベッドの隅に腰かけていたのは、青鬼ことピエール。相変わらずの無愛想な態度で、魔術書をぱらぱらとめくっている。
「お前ら、気合い足りねぇんじゃねぇの?」
最後に現れたのは、全身から熱気を放つ赤鬼のエリック。腕を組んで扉の前に立ち、口角をニヤリと持ち上げた。
「明日は俺たちの番だ。優勝して――次の魔王の椅子、いただくぞ」
「はいはい、またそれ言うのね。もう百回目くらいじゃない?」
アウラーンが小さく笑う。だが否定はしなかった。
「俺たちが勝てば、今の魔王様だって黙ってないはずだ。精鋭中の精鋭三人組が揃って優勝だぞ? 『魔王の器』だって十分証明できる」
「くだらん」
ピエールが魔術書を閉じた。カタン、と机に置かれた音が妙に重く響く。
「俺はただ……力の上限を試したいだけだ。あの《水竜の巫女》、面白い素材になりそうだしな」
「ピエール様、また『素材』って言ってる……」
アウラーンが呆れたようにため息をつく。
「ナリアさんは確かに強敵だけど、私は彼女の“祈り”に興味があるの。水と心を通わせる力……それってきっと、魔族にも通じるものよ」
「へぇ、聖女さんらしいお言葉だな。でも俺は違う」
エリックは腰の大剣をドン、と床に叩きつけた。
「俺は強ぇ奴と、ド派手にぶつかって、勝つ! それだけだ!」
「それでいて“次の魔王”は俺だ、って言うんだから矛盾してるわよね。エリック様ってほんと不思議」
アウラーンは微笑みながらも、視線を宙に泳がせる。
「でも……そうね。正直、私も少しだけ期待してるのよ。この戦いが終わったら、魔王様がなんて言うか。もしかしたら、本当に“その時”が近いのかもしれないって」
「ふん、くだらんな。俺にとって“魔王”なんて称号はどうでもいい。ただ、魔術の完成のためには……“頂点”に立つのが手っ取り早い」
ピエールがぼそりと呟く。
「頂点……か。言うじゃねぇか」
エリックが笑う。その口元に、獣のような野性と、仲間に対する信頼が混ざっていた。
「じゃあ、お前も狙ってるんだな? ピエール、アウラーン。次の魔王の座を」
「狙ってるっていうか……任せられるのは、あなたたちだけだと思ってる。だからこそ、私は支える側でいい」
アウラーンの言葉に、静かにピエールも頷いた。
「俺たち三人が揃えば、誰にも負けねぇ。相手が王子だろうと、銀髪の剣聖だろうと、黄金の幻術使いだろうと関係ねぇ」
エリックが拳を握り、炎のような気迫を放つ。
「俺たちが勝てば、世界は変わる。魔族が、誇りを取り戻す。俺はその旗印になりてぇんだよ!」
沈黙。だがその言葉に、誰も異を唱えなかった。
──試合の直前。
控室の中。三人はそれぞれ、武器と祈りと術式の確認を終え、リングへ向かう通路に並ぶ。
「いよいよね」
「ふん。実験開始だ」
「さあ、勝って次に進もうぜ! 俺たちの時代は、ここから始まるんだ!」
重く、そして確かな足取りで、現魔王軍の精鋭たちが歩き出す。
炎と氷と聖光の名のもとに、未来を切り開くために。




