第115話 死霊の王と魔王の再会
《滅びの誓い ― アレクサンダーと魔王ガンダーンの再会》
暗く冷たい風が吹く魔王城の高塔。
天を突くようにそびえるその頂、黒曜石の間に、今ふたたび封印を解かれた男が現れる。
アレクサンダー=アーデン=アウリ。
かつて“王国の希望”と称され、民に愛され、未来を夢見た王子。
だが今、その青き瞳に宿るのは、かつての優しさではない。
復讐と決意の、凍てつく光。
玉座の間の扉が開いた瞬間、冷気が走る。
「……久しいな、父上」
静かに、しかし確かな威圧を孕んだ声が響いた。
玉座に座る老王――ガンダーンは、その声に目を細める。
「十年ぶりか……いや、もっと長く感じるな」
アレクはゆっくりと歩みを進め、玉座の前で足を止めた。
「大会に出場した理由、わかっておられるだろう」
「聞こう」
魔王ガンダーンの声には、かつての威厳と、今は混じり合った苦悩があった。
アレクはその視線を正面から受け止めた。
「この大会で、俺が優勝したなら……魔王の座を奪い取る。そして、人間界へ宣戦布告をする」
その一言に、空気が張り詰めた。
「……その口で、まだ“滅び”を語るのか」
「滅びではない。正義だ」
即答だった。
「俺は、世界を欺く“幻想”に騙された。信じた者に裏切られ、守ろうとした者を奪われた。理想など、弱者の逃げ場でしかない」
「ニーアンの件か……」
ガンダーンの声に、アレクの瞳が鋭く光る。
「人間を信じた結果、彼女は昏睡状態に陥り、俺は希望を失った。あの夜、俺の中のすべてが壊れた。人間と魔族が手を取り合う未来など、存在しない」
「……お前は、あの時と変わらぬ。怒りに囚われ、過去に縛られたままだ」
「なら、問おう。俺の理想が間違っていたと? ニーアンが人間を助けたことが、罪だったと? ……俺が信じた“世界”が、ただの幻想だったと、認めろ」
魔王ガンダーンは深く息を吐いた。
「それでも、殺し尽くす理由にはならぬ。アレク、お前は——」
「アウリ、だ」
その言葉に、魔王ガンダーンの目が揺れた。
「俺はもう、“ガンダーン”の名を名乗る資格はない。お前がそう決めたのだ。ならば、その名は勝ち取る。大会で勝ち、世界を変えるに足る力を持つ者として、堂々とだ」
静寂が広がる。
その隙間を縫うように、アレクは続けた。
「だが、俺にはひとつの誓いがある。……カール=キリト。あの剣聖を倒せなければ、俺の理想も、復讐も、絵空事だ」
魔王ガンダーンは目を細めた。
「倒せなければ、どうするつもりだ」
「諦める。潔く、すべてを捨てよう。俺の誓いは、彼を超えられるだけの力があるかどうかで決まる」
まるで、自分を試すかのように。
否、これは世界に問う“最終審判”だった。
「お前がそんなにも変わってしまったとは……」
ガンダーンの声には、かすかに哀しみが混じっていた。
「ニーアンが今も目覚めていたら、何と言っただろうな」
アレクの足が止まり、拳が震えた。
「……わかっている。俺がどれだけ歪んだか、狂っているか。だが、彼女の眠りを終わらせる方法は、もう……これしかないんだ」
「世界を滅ぼすことで、彼女が目覚めると思っているのか?」
「違う。俺が勝ち、世界を支配し、彼女の安らげる世界を創る。それが、俺のたどり着いた答えだ」
ガンダーンはしばし言葉を失った。
かつて誠実で、民の声に耳を傾けたあの少年が、今や“滅び”を口にしている。
だが同時に——
「……やはり、お前は強い」
その声は、皮肉でも嘆きでもなく、ただの事実として告げられた。
「その力が、本物かどうか……カール=キリトが証明するだろう。父として、魔王として、私は何もせぬ。見届けよう、お前の結末を」
「それでいい」
アレクは背を向け、扉の方へと歩き出す。
「すべては、剣で決まる」
そして、その背に向けて、魔王ガンダーンは最後の言葉を放った。
「もし、ニーアンが目覚めた時、お前が今のままだったら……その時こそ、お前は真に“すべて”を失うだろう」
アレクは振り返らなかった。
ただ、最後に――
「失うことを恐れていたら、何も得られはしない」
そう呟き、静かに扉は閉じられた。
その先に待つのは、世界の裁きか。あるいは、滅びの先に見える救済か。
アレクサンダー=アーデン=アウリの旅は、まだ終わらない。




