第22話 氷の瞳を持つ少女、セリア=ノルド
氷の瞳を持つ少女、セリア=ノルド
ダンガー子爵の断罪から数日が過ぎた。
王都では、黒衣の剣聖――カール=キリトの名が、まるで英雄譚のように語られていた。貴族の腐敗を暴き、かつて婚約を破棄された少女への未練を断ち切り、堂々と舞踏会で真実を示したその姿は、多くの若者の憧れとなっていた。
だが、当の本人はそういった評判に関心もなく、いつものようにギルドで依頼を眺めていた。
その時だった。
「……あなたが、カール=キリト?」
澄んだ声が、空気を切り裂くように響いた。
カールが顔を上げると、そこに立っていたのは一人の少女だった。
長く艶やかな銀髪を風になびかせ、氷の結晶のように澄んだ瞳で、まっすぐに彼を見据える。黒の旅装束を身にまとい、背には細身の魔導剣。その姿は、どこか現実離れした気配を纏っていた。
「……君は?」
「セリア=ノルド。かつて“氷の魔女”と呼ばれた、北方の魔導国家出身の流浪者よ。」
その名を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちがざわめいた。
「ノルド……って、まさか……あの“王族暗殺未遂事件”の……!」
「氷の魔女、まだ生きてたのか……!」
「心を失った剣士だろ。誰にも笑わないって……」
数々の噂が、彼女の名とともに飛び交っていた。
“感情を捨てた天才魔導剣士”、
“家名を捨てて逃げた堕ちた貴族”、
“王族の血を引きながら、暗殺計画に巻き込まれた少女”。
だが、カールはそのどれにも目を向けず、ただ静かに問いかけた。
「……で、俺に何の用だ?」
セリアは少しだけ目を伏せ、再び氷のような瞳で彼を見つめる。
「……あなたの母親、アリシア=キリト。彼女は、私の国の“失われた姫”だった。」
カールの瞳が細められる。
アリシア――カールの母。幼い頃に病で亡くなったと聞かされていたが、伯爵家でメイドをする前の出自については、彼自身もあまり知らされていなかった。
「彼女は、ノルド王家、王弟の娘。けれど……ある日突然、国を出て姿を消した。追手も、噂も、何もかも振り切って。わかりずらいから簡単に説明するけど、ノルド=ユリウス3世があなたとわたしの曽祖父、ユリウス4世がわたしの祖父、ユリウス4世の弟の子供があなたの母アリシアなの?だから、あなたは王族の血が流れているの?」
「ノルド王家の王子殿下とセリアは従姉弟か……母さんの場合はノルドを出た後、王都の伯爵家でメイドをしているとき伯爵に見初められて、俺を産んだってわけか」
セリアは、わずかにうなずく。
「……彼女が遺した血筋を、私は探していた。あなたの剣、その構え、魔力の流れ……ノルドの剣術に、似すぎている」
「それで、俺に何を求める?」
カールの声には、警戒の色があった。
だがセリアは、ふっと目を閉じ、わずかに表情を緩めた――それは、彼女が“誰にも見せたことのない微笑”だった。
「私は……あなたと共に戦いたい。あなたの強さの理由を、この目で知りたい。」
周囲が静まり返る中、カールはしばらく黙っていた。だがその沈黙を破ったのは、皮肉めいた笑みと共に放たれた一言だった。
「なるほど。“氷の魔女”も、少しは人間らしくなったようだな」
「……あなたも、“英雄”のくせに、ずいぶん皮肉屋なのね」
ふたりは見つめ合い、わずかに笑う。
そう、ほんの一瞬だけ――氷と鋼が、わずかに溶け合った瞬間だった。
セリア=ノルド。その名はギルドの中でも、ランクA最上位に君臨する実力者でありながら、誰にも心を開かぬ孤高の剣士として知られていた。
だが彼女の氷の瞳は、カールという存在に、何かしらの熱を感じていた。
それが憧れか、興味か、それとも――
答えは、まだ遠い。
けれど、黒衣の剣聖と氷の魔女。ふたりの出会いが、これからの運命を大きく動かすのは、間違いなかった。




