第109話 シュナイダー、断罪される!
『王子の終焉 ―封印の塔へ―』
「シュナイダー=ガンダーラ。おまえに王族たる資格は――もう、ない。」
その言葉が、まるで雷鳴のように、玉座の間に響いた。
父、ガンダーラ国王の目には、もはや情など欠片もなかった。
かつては「自慢の息子」と言われたこの俺に向けられていた眼差しは、今や見る影もなく冷えきっている。
王の足元にひれ伏しながら、俺は拳を震わせた。
何が悪かった? どこで間違えた?
俺は……王族として、当然のことをしてきたはずだ……。
だが、今や俺は――
「王族の名を騙り、民を侮り、貴族を傷つけ、挙句に恥を世界に晒した。この国において、おまえの存在は汚点だ」
父の言葉は容赦なかった。
観覧席で見ていた者たちは、全員が見ていた。
大伝統武術大会の一回戦、紅翼の魔族――リーリアン=フリーソウとの一騎打ち。
俺は完膚なきまでに敗北した。
王子であるこの俺が、一撃で……。
「シュナイダー様……こちらへ」
背後から、騎士団の者たちが進み出てきた。父直属の親衛部隊。
ガンダーラ王の命を、そのまま執行する者たち。
「父上……私は……!」
声が震えた。
許しを乞いたかったわけじゃない。悔しかった。情けなかった。ただ、認めたくなかった。
「私は……王子です……っ。まだ……まだやり直せる……!」
「黙れ!」
バンッ!
父の持つ王杖が、玉座の床を打ち鳴らした。
「おまえは、王家の名を汚した。リーリアン殿への処遇、国際的な問題にもなりかねん行為。もはや一度の敗北ではない。これは、積み重ねだ」
ガンダーラ王の言葉に、何も返せなかった。
なぜ、父はそこまで俺を切り捨てるのか。
……いや、違う。
本当はわかっている。
俺は、リーリアンを冤罪で追放し、政治に私情を持ち込んで恥をかかせた。そしてその“魔族”が今や国家の盟友となりつつあるこの時代に、俺は完全に時代の逆を行った存在――
「……この国にはもう、おまえの居場所はない」
王が手を振ると、重厚な鎧を纏った親衛騎士が前へと進み出た。
「シュナイダー=ガンダーラ。汝を本日をもって、“封印の塔”に幽閉する。死ぬまでそこから出ることは叶わぬ」
「な……!」
目の前が暗くなった。
まさか。
そこは――罪人や大罪魔術師、古の災厄が封じられる、王都西の果ての幽閉地。
かつて出た者は誰一人としていない。
それは、死刑とほぼ同義。
「やめろ……やめてくれっ……! 俺は、王子なんだぞ!! この国の、未来を担う者だ!!」
「違う」
その一言を、王は静かに、そして無慈悲に告げた。
「おまえは……やってはいけない過ちを犯したのだ。連れて行け」
◆ ◆ ◆
手枷をかけられ、護送馬車に詰め込まれた。
王都を出る時、民たちの目が冷たかった。
「第二王子だってよ。武術大会で負けたヤツが」
「魔族の令嬢にやられて……そりゃ国の面汚しだわ」
「情けない王族もいたもんだ」
……何様のつもりだ。
俺がどれだけ剣術を学んできたか、どれだけ努力してきたか――そんなもの、誰も知らないくせに。
だが、言い返すことはできなかった。
俺はもう、ただの「罪人」なのだ。王子ですらない。
◆ ◆ ◆
封印の塔。
石造りの巨大な塔。窓はなく、入口は魔法で閉じられ、外部との通信は一切断たれている。
階層は五十を数え、俺が幽閉されたのはその中層――生きているが、決して外の空気には触れられない。
「ここから出ることは、永遠にない」
騎士の言葉を最後に、分厚い扉が閉まった。
カチリ、と音を立てて鍵がかかる。
そして、静寂。
何もない石の部屋。光源は魔導灯が一つ。
食事も自動魔具が運ぶ。誰とも話さず、誰とも会わず……ただ、時間だけが過ぎる。
(……終わった)
心が、静かに、確実に、崩れていく。
ふと思い出したのは、リーリアンのあの目だった。
強く、揺るぎなく、まっすぐで――俺を“敵”として見据えた、あの目。
(なぜ……なぜ、あんな強さを……)
俺にはなかった。
ただ“王子”という肩書にすがり、剣も魔法も“強い師”に任せ、努力すら他人任せだった。
……それが俺のすべてだった。
そしてそれが、今すべてを失わせた。
◆ ◆ ◆
何日、何週間、何ヶ月が過ぎたのか。
塔の中では、時間すら歪む。
髪が伸び、頬はこけ、声ももう、まともに出ない。
俺は今、誰だ。
王子ではない。戦士でもない。
名も、地位も、家族も……もう、何も残っていない。
リーリアン、おまえは――
いや、違う。
俺の人生は――ここで、終わる。
その静かな絶望の中で、俺は目を閉じた。
今度は、誰も呼ばなかった。誰にも、すがらなかった。
ただ、己の過ちだけが、静かに胸を締めつけていた。




