第21話 小さき牙との出会い! そして、新たな始まり。
断崖の邂逅 〜小さき牙との出会い〜
王都南方、黒き断崖の絶壁。
その地には、かつて飛竜の王と呼ばれたワイバーンが巣を作り、数々の冒険者たちが命を落としてきた。
「カール=キリト。断崖のワイバーン討伐、引き受けてくれるな?」
ギルドでそう声をかけてきたのは、ギルドの管理官バルトだった。強面で知られる男だが、実力者には誠意をもって接する。その彼が、わざわざカールに直接依頼を持ってきた。
「上等だ。素材の買い取り、きちんと頼むぞ」
カールは黒のマントを翻し、そのままギルドを後にした。
断崖の風は冷たく、鋭い。
空を裂くように飛翔するワイバーンは、確かに王の風格を備えていた。巨大な翼、鋭利な爪、そして毒を帯びた尾。
だが、カールの剣はそれを上回る速さと鋭さを持っていた。
「……遅いな」
淡々と呟き、地を蹴る。剣が閃き、風が裂ける。
一合、二合――そして三合目で、ワイバーンは絶叫を上げて崩れ落ちた。
討伐は、ものの数分で終わった。
「さて……巣はこっちか」
断崖の奥にある岩陰に、ワイバーンの巣があった。石と骨が積み上がったその中で、カールは一つの異質な気配を察知する。
「……犬?」
瓦礫の中、怯えたような目でこちらを見上げる小さな生き物がいた。痩せ細り、前足には傷。黒く柔らかな毛並みは、野犬のようでいて、どこか荘厳さも漂わせていた。
「……こんなところで、よく生きてたな」
カールはそっと近づき、持っていた回復薬を薄く塗りつける。子犬は怯えながらも逃げず、やがてぺたりと腹をつけ、尻尾を振った。
「……ついてくるのか?」
帰り道、子犬は一歩も離れず、カールの背を追い続けた。
◇ ◇
ギルドに戻ると、バルトが目を見開いた。
「おい……それ、どこで拾った?」
「ワイバーンの巣にいた。どうやら棲みついていたらしい」
「馬鹿野郎、それは犬なんかじゃねぇ。そいつは“フェンリル”の仔だ」
一瞬、空気が凍った。
フェンリル――狼の王にして、災厄の獣。古の戦で神々を震えさせたという、伝説の魔獣の血を引く存在。
「確かに……普通の犬にしちゃ、魔力の質が違うと思ったが」
子犬はカールの足元にじゃれつき、嬉しそうに尻尾を振っている。その姿はとても“災厄”とは思えなかった。
「こいつ、俺に懐いてるみたいだ。俺が飼う」
「正気か? 育てばお前でも制御できるか分からんぞ」
「なら、その時に考えるさ」
カールはさらりと言い放ち、フェンリルの仔を抱き上げた。
「名前……そうだな。“ルゥ”にしよう」
その名を呼ぶと、子犬は光り輝いた。次の瞬間、「ありがとう!」と嬉しそう話してきた。
「ルゥ、お前、しゃべれるのか?」
「うん、今、カールに名前を付けてもらって契約した」
バルトは呆れながらも、どこか安心したように笑った。
「やれやれ……フェンリルと契約って・・・お前と一緒なら、まーその子もきっと、安心だな」
かくして、黒衣の剣聖カールは、新たなる相棒“ルゥ”と共に歩み始めた。
それが、やがて世界を揺るがす伝説の幕開けとなるとは、この時まだ誰も知らなかった――。




